真夏の攻防戦

「先生、今日空いてる?」「は?普通に仕事だけど……」「夜の話よ。空いてる?」「空いてるけど……?」「じゃ、決まりね」ふふ、と魅力的な笑顔で紫穂が俺を見つめる。それに一瞬だけ見惚れてから、ハッとして紫穂に問い詰めた。「ちょっと待て。何が決まりだ?ちゃんと趣旨を説明しろ」そう問い掛けると、紫穂は首を傾げてまた可愛らしく笑ってみせた。「花火。連れてってね」にっこりと微笑む紫穂はぺらりと一枚のチラシを差し出して。連れてけと言うあたり、彼女らしいお願いの仕方だなと思いつつ、花火の場所やら時間やらを確認する。「仕事終わってすぐ車で行けば間に合わんでもないな」「でしょ? じゃあよろしくね」「ちょっと待て」背を向けて立ち去ろうとした紫穂の手を掴んで何とか引き留める。顔全面にウザいと書き散らした紫穂が振り返ったけれど、俺、負けない。「条件がある」「はぁ?」「紫穂の浴衣が見たい」俺の要望に目をパチパチとさせてから、とても面倒臭そうな表情で紫穂は俺を見遣った。「絶対浴衣着てこいよ」じゃないと連れてかねぇからな、と念押しすると、紫穂は深々と溜め息を吐いてわかったわ、と俺に返事した。俺の上がり時間に合わせて待ち合わせることを決めて、紫穂は颯爽と去っていく。つれない態度で冷たい対応ばかりされるけれど、何だかんだ紫穂は彼氏の俺には甘い。紫穂がベッタベタに甘いのは薫ちゃんに対してだけだ。恐らく自分は二番手だろうと指摘すると、きっと紫穂は全力で否定するだろう。だから絶対に口に出しては言わないけれど、紫穂にとってそれくらい重大な存在であると勝手に自惚れるのは自己責任の範囲なので許される、はずだ。「さぁー仕事すっか!」一気に楽しみになったアフターファイブが待ち遠しい。紫穂の浴衣姿を想像しながら、残った仕事に取り掛かった。

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