「失礼します」いつも通りのノックの音と共に、ドアが開いて閉まる音。朝の支度に来てくれたんだろうなぁ……。もそもそ動いて、上掛けをすっぽり被ったまま身体を起こした。「おはようございます、ユウ様……うわっ」上掛けの隙間から目が合っただけなのに、ターシャは驚いて身体を仰け反らせている。そんなに酷い顔してるんだな、と上掛けの中に再び潜り込もうとすると、わーごめんごめん! とターシャが慌てて私から上掛けを引っぺがそうとした。「ビックリしてごめん! だから出てきて!」取られそうになる上掛けを引っ張ってターシャと朝から綱引きをする。「ま、まって……今私何も着てない……」「大丈夫、アンタの裸は見慣れてるし……ていうか、さっきレオナ様に会ったけど」どうしたのアレ、とターシャは上掛けから私の頭だけ出して、ピンと立った大きな耳と一緒にひょこりと私の顔を覗き込んだ。「……ひどい顔してる……一体何があったのよ」ターシャの優しい手が私の頬っぺたをそろそろと撫でる。労りを感じられるその手のひらに安心して、引っ込みかけていた涙が再びほろりと溢れ始めた。「わた、わたし……もうおよめにいけないぃ〜……」「はぁ? アンタもう人妻でしょ?」「そうだけどぉ……そうだけどぉ!」うわーん、と子どもみたいな泣き声を上げてガバリとターシャに抱き着く。ヨシヨシ、と頭を撫でながら次から次へと流れてくる涙をターシャが拭ってくれた。「何があったの? 私に話せそ?」「う、うぅ……聞いでよぉ……」ぎゅうと抱き締め返してくれるターシャに甘えて、私はべしょべしょに泣きながら昨晩自分の身の上に起きたことを一生懸命説明した。ここ数日、レオナさんが隠し事をしていたからちゃんと話し合う場を設けようとしたのに、とんでもない展開が繰り広げられたこと。イヤだと伝えたけれど、結局流されてしまって恥ずかしい姿を見られてしまったこと。気を失って起きた朝、レオナさんのことを拒否してしまったこと。それでレオナさんを傷付けてしまったこと。時々きゅっと詰まる喉を無理やり動かして、ターシャに訴える。「わた、わたし、レオナさんにヒドイこと言っちゃった。出てって、って言ったとき、レオナさん、どんな顔してたのか見れなかった! 何の音も鳴らさずに部屋を出ていっちゃって……私、もう、此処を追い出されちゃう!」絶対愛想尽かされちゃったぁ〜、と涙でぼろぼろになった目許を拭いながら続けると、ターシャはポケットから柔らかいガーゼハンカチを取り出して私の目許にそっと押し当てた。「うーん……でもさぁ、ユウは嫌って言ったんでしょ? それなのにユウを乗せて強引にそういうグッズを使おうとしたレオナ殿下はだいぶ悪どいと思うわよ?」「で、でもぉ……獣人さんたちの愛情表現、なんでしょ?」「うん?」「獣人さんたちの愛情表現に、大人のオモチャが必要なら……我慢して受け入れるのが、レオナさんのお嫁さんとしては正解の行動なんじゃないの?」「ううん?」「……? 大人のオモチャは、獣人さんたちの愛情表現なんじゃ……」「そのような事実はないですね……?」「ウソォッ!!!」がばりと顔を上げてターシャを見ると、ターシャは困惑した表情で私を見ていた。その表情は間違いなく私をちょっとだけ憐れんでいて、昨日レオナさんに流されてしまった私の愚かさを体現しているようだ。引っ込みかけていた涙がまたぶわりと溢れてきて、ふるふると身体を震わせながらターシャにしがみついた。「うわ〜ん! レオナさんに騙された〜!」「……騙したっていうより……嘘も方便、ってやつじゃないの? そこまでしてでも、ユウにそういうグッズを使ってみたかったんでしょうねぇ」呆れたように溜め息を吐いて、ターシャはぐすぐすと泣き続ける私の頭を撫でてくれる。「取り敢えず、お風呂入ってサッパリする? それとも何か食べてからにする?」「うぅ……どうしよ……もうわかんない……」「ハイハイ……じゃあ先にお風呂入って綺麗になろ? それから朝ご飯ね」「うん……あ、朝ご飯は」「ふわふわのパンケーキにたっぷりのメープルシロップ、だっけ? お風呂上がりに焼き上がるよう頼んどくね」「うぅ、ターシャ〜……」王宮の下働きとして働いていた頃の私の何気ないひと言も覚えてくれているターシャには感謝しかない。落ち込むことが多かったあの頃、しっかり寝て起きても立ち直れなかった朝は決まってコレを食べていた。「ホラ、早く顔も洗ってちょっとでも冷やそ? 今日は一日ゆっくり休ませてやってくれってレオナ殿下も言ってたわ」「……レオナさん……そんなこと言ってたの?」「そうよー? 大体、レオナ殿下がユウのことを追い出したりするわけないじゃない。本音では首輪付けときたいくらいでしょ」「……首輪?」「こっちの話。パンケーキは前に食べてたままでいい? 今日は何枚にする?」「……いつもの二枚」「畏まりました。ではお風呂へ参りましょう、ユウ様」ターシャは私の両手を取って優しく上掛けから私を外の世界へ導いた。朝の陽に照らされた室内はキラキラと明るい。眩しいくらいに澄んだ空気が何も纏っていない肌に触れて火照った身体を冷やす。昨日の夜、自分の身に起きた出来事が嘘のように感じるけれど、全身に残る倦怠感がアレは夢ではなく現実だと教えてくれる。ターシャが差し出してくれたラフなワンピースをすっぽり頭から被ってターシャに手を引かれるまま浴室へ向かった。身体を洗うのと一緒にモヤモヤした気持ちも綺麗さっぱり流せればいいのに。こんなに落ち込むのは本当に久し振りだなぁ、と眩い光に目をシパシパさせながらターシャと一緒に廊下を歩いた
欲求不満の向き合い方



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