紫穂ちゃんの誕生日にプロポーズしようと思ったら間男(仮)が現れて情緒をぐっちゃぐちゃにされた話。

「次はないって言ったよな?」もうとっくに帰宅しているはずの紫穂ちゃんを医局で見かけたときは、肝が潰れる思いをした。さすがに今日はシフト通りに帰っただろうと呑気に構えていたし、勤怠システム上は業務終了と登録されていたから勝手に安心してしまっていた。だってまさかタイムカード切ってまで残業してるとは思わないじゃん?紫穂ちゃん相手じゃなけりゃ、社畜の公務員かよ、とドン引きするだけで終わってたんだろうけど、紫穂ちゃんがそこまでするとは思わなくて、事態は思っているよりも遥かに深刻なのではとただただ心配でしかなかった。「……黙ってるってことは、今度こそ反省と改善、それから事態の収拾で俺が動くことに異議はないってことでいいな?」「……本当にすみませんでした」「……紫穂ちゃん。俺は謝ってほしいわけじゃない。それはわかるか?」押し黙ってしまった紫穂ちゃんは悔しそうに眉を寄せて俯いてしまう。紫穂ちゃんの小さな手にはぎゅっと力が込められていて、小さく震えているのが痛ましかった。「君の行動は一線を越えてる。もう見過ごせない。君が話さないなら他のメンバーから話を聞く」「……彼は……間島くんのことは、私が一番よくわかっているので、私に担当させてください」紫穂ちゃんの震える唇が告げる言葉は、俺のなかに燻っていた不安をゆるやかに刺激する。確実に広がっていたソレは、堪えていたものを溢れさせるには充分だった。「なんでそこまでしてソイツに構うの」口にしてはいけないソレを遂に口に出してしまった後悔に襲われて思わず口を押さえる。目を見開いてこちらを見上げる紫穂ちゃんと目があって、堪らず目を逸らした。「……すまん」「……いえ」気まずい空気が流れてしまったのを何とか切り替えようと、空回りする頭を無理矢理動かした。「あー……とにかく、だな。前も言ったように、君が困ってるなら皆で支える。それは当たり前のことなんだ」だからちゃんと話してくれ、と紫穂ちゃんに笑いかけると、紫穂ちゃんは今にも泣き出しそうな歪んだ顔を隠すようにまた俯いてしまった。「……皆に……皆に、迷惑をかけたくないんです」アイツがここに来たのは私のせいだから、と掠れた声で呟く紫穂ちゃんの肩をそっと撫でる。「迷惑だなんて思ってない。純粋に君のことが心配なんだよ」「……皆に心配かけてるのはわかってる。それでも、でも」俯いたままの紫穂ちゃんが、肩を撫でる俺の手に触れて、ゆるゆると白衣を掴む。お互い、公私の分別が混じり合ったような今の状態じゃ冷静に物事を判断できないのはわかっている。この件については一旦リセットして改めて話し合った方がいい。それなのにずっと燻り続けていた不安が自分に襲いかかって、その選択肢を選ぶことが難しかった。「……そんなに無理してるのに、君は間島と一緒にいることを望むのか?」「そうじゃない。そうじゃないの。わかって、お願い」「……何も教えてくれないのに、わかってくれなんて無理だろ」一度堰を切ってしまったものを抑えるなんて土台無理な話だった。「どうして俺を頼ってくれないんだよ」矢継ぎ早に飛び出てくる言葉を止めることもできず、ただただ紫穂ちゃんにぶつけていく。「俺じゃダメで、間島ならいい理由が、君にはあるのか?」悲しくて、悔しくて。でもそれをこんな形で顕わにしていいわけがない。俺はひと回りも歳上で、紫穂ちゃんのことを受け止めてやらなきゃいけないのに、大人の男の余裕を見せるどころか、みっともなく嫉妬して男らしさの欠片が微塵もないじゃないか。「……ゴメン。みっともないとこ見せた」「……私も……ごめんなさい」謝るなら話してくれたっていいだろ、と言いたくなるのを無理矢理堪えて紫穂ちゃんから距離を取る。「いや、俺が悪い……でも、君が話してくれないから、伝えてた通り俺も行動に出させてもらう」「それはッ……すみませんでした」「だから、俺は謝ってほしいわけじゃないんだ……もういい。この話は終わりにしよう」こんな言い方じゃあ突き放していると思われたって仕方がない。実際、紫穂ちゃんのことを突き放している自覚はあった。「チーフから話は聞いておく。君は仕事に戻って」思ったより冷たい声で言い放った自分にうんざりした。こんなんでどうする。皆本みたいに、何があっても包み込んでやれるくらいの余裕がなくちゃ。「……しゅうじ」か細い紫穂ちゃんの声にハッと顔を上げると、紫穂ちゃんは弱りきった頼りない顔をして俺を見ていた。滅多に見ない紫穂ちゃんの様子に驚いていると、紫穂ちゃんは小さな手をぎゅっと握り締めて目を瞑った。「……甘えてるってわかってる。都合のいいことを言ってる自覚もあるわ。でも……お願い。今だけ、ちょっとだけ、ぎゅってして」紫穂ちゃんが言い終えてから一瞬の間を置いて、紫穂ちゃんの細い身体を衝動的に抱き寄せる。紫穂ちゃんの手が俺の背中に回ったのを感じて、紫穂ちゃんが潰れるのも気にせずぎゅうぎゅうと抱き締めた。まだ紫穂ちゃんは俺のことを見てくれている。少し痩せた紫穂ちゃんの身体を抱き寄せて、まだ大丈夫と自分に言い聞かせた。

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