結局、放課後まで俺の前にユウは姿を見せなかった。ひょっとしたら、と一縷の望みを懸けて植物園に足を向けたのにハズレ。こうなったらもう自分から出向くしかないと覚悟を決めてオンボロ寮へと重い足取りで歩いていく。途中で会ったオルトやカイワレ大根、トカゲ野郎どもまでがアイツのチョコを受け取ったというんだから、逆になんで俺だけが貰えていないんだとイライラが怒りに変わり、沸点まで到達した怒りがほんの少しして冷静になっていく。オンボロ寮はもう目の前。鍵なんて掛かっちゃいない扉を開けて談話室に待ち伏せすればいつかユウに会える。アイツのことだからゴーストにだって渡しているかもしれない。どうして俺だけ。日頃からこんなにも気に掛けてやっていた自負があるのに。一番に俺のところに来たっていいんじゃないか。それともそんなのは全部、俺の一人相撲だった、とでも言うんだろうか。ほんの少し冷たくなってきた思考に足を止めると、今日一番会いたかった背中が前を歩いているのが見えた。自分の中の何とも言えない感情に戸惑いながらその背中を見つめる。ユウは中身の少なくなった大きな鞄を背中に背負って歩いていた。ユウの身体には似合わない大きな袋に、浮かれたバレンタインのプレゼントを山ほど詰め込んで、プレゼントしたい奴らと強請ってくる野郎ども全員にクッキーやらチョコやらを配り歩いたんだろう。その嵩の減った袋みたいな鞄に、俺の分はもうないのか、と心臓に痛みが走った。どうして、と衝動的にカッとなって、大股でズカズカとユウの背中に近付いていく。わざと大きく足音を立てながら草食動物の背後に歩み寄れば、びくりと肩を震わせたユウがこちらに振り返った。「……レ、レオナ先輩?」我ながらひどい顔をしていたと思う。女に向けてはいけないような険しい顔で、品のない歩き方までして。何やってるんだと自分に溜め息を吐くと、草食動物は身体を縮めてビクビクと怯えていた。落ち着け、と自分に言い聞かせながら溜め息を吐いてゆっくりと手を差し出す。ン、と言葉にせず革手袋を嵌めた右手を不躾にユウの前に広げる。その掌を見つめて首を傾げているユウに、はぁぁ、と重たい何かを吐き出しながら口を開いた。「……俺のはないのか」渋々、喉の奥から絞り出すようにして出した言葉はびっくりするくらい掠れていて情けなかった。しかも俺を見上げてくる監督生の顔があまりにもきょとんとしていて、どうも本当に俺の分なんてはなから用意されちゃいなかったらしいと悟る。何だこれ新手の拷問じゃねぇか。行き場のない掌に頭痛がしてくる。キンキンと痛む頭に手を遣って誤魔化そうと思ったところで、何かに気付いたのかハッと大きく目を見開いたユウが通学鞄の後ろに隠れていた茶色のリボンが付いた紙袋を俺に差し出した。「……その……レオナ先輩のお口に合うかどうか、わからないんですけど……もしよければ、受け取ってください」ほんのりと赤く染まった頬に、いつもより少し早い口調。どこを見ればいいのかわからないとでも言いたげな彷徨う視線。人よりも性能がいい耳が、緊張で浅い呼吸やトクトクと早鐘を打つ心音を拾って、ユウの精神状態を逐一俺に教えてくれている。湧き上がる衝動にニヤリと口元が緩みそうになるのを必死に引き締めて、それじゃあ足りないとせびるように掌をひらひらと上下させた。「……全部寄越せ」「え……これで全部です」困ったように眉を下げたユウに、グゥ、と喉が音を立てたのを咳払いで誤魔化しながら、できる限り表情を取り繕って不敵に笑う。「それじゃない。まだ隠し持ってんだろ?」ニタリと口角を持ち上げて目を細めた。ユウの纏う甘い匂いだけじゃない、砂糖独特の甘ったるい匂いがまだプレゼントに予備があることを教えてくれている。戸惑うユウを他所にチラリと視線だけで背中の袋を指し示せば、ユウはびくりと肩を震わせて袋を小さな背中に隠した。「せ、先輩に手作りのものなんて渡せません! 毒とか入ってたらどうするんですか?!」「へぇ……俺の口に入るモノに毒を仕込む度胸が草食動物にあったとはなァ? いいからさっさと渡しやがれ」いや、でも、と眉を下げているユウに、ホラ早く、と急かせば、ユウは手に持った紙袋を引っ込めておずおずとクッキーを俺に差し出した。「……違う。そうじゃねぇ。それも、その後ろの鞄に入ってる残りのクッキーも、テメェの右ポケットに入れてるチョコも。全部俺に差し出せ」なんで引っ込めるんだと紙袋をひらりと奪う。あっ、と悲鳴を上げたユウは紙袋を取り返そうと必死に背伸びするから、手が届かないように高い位置へ紙袋を掲げた。「かっ、返して! 返してください!」「生憎一度差し出されたモンを大人しく返すほど俺は腑抜けた性格じゃねぇんでなァ。早く残りも差し出して命乞いしちまえよ」「い、命乞い!」「狙った獲物を取り逃がすなんて、サバナクロー寮長の名折れだからなァ? 大人しく俺に献上すりゃァ命は見逃してやる」俺はこう見えて優しいんだぜ? と付け加えれば、ユウは目を白黒させながらもたもたと手許に残っているチョコやらクッキーやらを俺の掌に載せていく。「こっ、これで全部、です!」ポケットの内布を引っ張り出し、背中の袋も逆さまにしてもう何もないとアピールしてくるユウに、プッと思わず笑ってしまう。「……確かに受け取った。ありがとよ」クククと溢れる笑みを堪えて掌に載ったチョコのフィルムに軽く口付ける。どういたしまして、と小さく答えたユウに、心からの笑みが溢れた。今日は存外、いい一日だった。
彼が最も欲しいのは甘くて苦い彼女からのプレゼント



コメント