〜ジャック・ハウルの場合〜

「何やってるんだ? そんなところで」ビクリと肩を震わせた監督生が恐る恐るこちらに振り向いて、あからさまにホッと胸を撫で下ろした。「……なんだ、ジャックか……びっくりしちゃった」「悪い……驚かせるつもりはなかったんだが。でもここはそんなに身を縮めなきゃならねぇほど危険な場所じゃねぇだろ。また厄介事に巻き込まれてるのか?」「そうじゃないんだけど……ちょっと、入りづらくて」「入りづらい? 今は寮長が中にいるだろう……?」もしかしてドアが重いのか?それとも鍵が閉まっているのか?あっちょっと、と小さく声を上げているユウを気にせずドアを後ろから押してやると、あー、とよくわからない声を上げてユウはへにょりと眉を下げた。「……? 入りたいんだろ? 鍵も閉まってないし入ればいい。今なら中に寮長が」「ちょ、ちょっと待って、シーッ! ジャック、シーッ! お願い!」ユウはあわあわと慌てた様子で唇に人差し指を立てている。それから俺の服の袖を引っ張ってこそこそと植物園のなかへ入ったユウは、できるだけ音を立てないよう静かにそっとドアを閉めた。「……そんなことしても寮長の耳には聞こえてると」「だからお願い! できるだけ静かにしてほしいの!」ヒソヒソと獣人属にしか聞こえないくらいの音量で呟いたユウは、今にも泣き出しそうなくらいに顔を歪めて俺の腕を掴んだ。その表情にぎょっとして思わず耳と尻尾が逆立つのを感じながら茂みに隠れるようにしゃがみこむユウに合わせて身を縮めた。「どうした? 何があった? 誰かに追われてるのか?」ヒソヒソと声を沈めながら精一杯周囲を警戒する。それでも立てた耳が拾うのは静かな植物園の気配と恐らくいつもの木陰で休んでいるであろう寮長の気配だけだった。音を立てないようじっとしているユウに倣って気配を消すと、しばらくしてホッとしたようにユウは肩の力を抜いた。「……さすがに……もう、だいじょうぶ、かな?」ふぅ、と胸を撫で下ろしているユウに首を傾げながら、もう一度周囲の気配を探りながら声を潜める。「おい。何が大丈夫なんだ? 変わった気配は感じられねぇが」身体を小さくして茂みに隠れたまま奥へ進もうとするユウの背後に気を配りながら自らも茂みに隠れるように頭の位置を低くして前に進む。「ごめんね、ジャック。巻き込んじゃって……実は、クルーウェル先生に授業で使う薬草の採取を頼まれて……」それがどうしてこんな子ども騙しのかくれんぼみたいな状況になってるんだ? と眉を寄せていると、目的の菜園に辿り着いたユウが眉を下げつつ言葉を続けた。「……この時間って、レオナ先輩がよくお昼寝してる時間でしょ? 起こしちゃ悪いな、と思って」だからグリムは置いてきたの、とヒソヒソ呟きながら薬草を選び始めたユウに、わしわしと頭を掻いて立てた耳をひくつかせる。「ユウ……寮長は多分、ここにお前が来た時点で目を覚ましてると思うぞ」「え」「俺たち獣人属、というか、あの人は特に、かもしれないが。お前がドアの前に隠れてたときにはもう、気配を察知してる、と思う」「……ウソ」「嘘じゃない。寮長はもう起きてる」ただでさえ大きな目をさらに大きく見開いてがっくりと肩を落としたユウに、どうしたものか、ともう一度頭を掻いた。ユウがどんなに気を遣ったとしても寮長は起きただろうし、何となく、寮長がユウの気配を見逃すわけがない気がした。「……お昼寝の邪魔しちゃダメだと思って、静かに気配を探ってこっそり薬草を取って帰ろうとしたのよ。なのにドアの前にいたときからバレてるなんて」私ってそんなに隠れるの下手なのかな、と落ち込みながらも丁寧に薬草を採取していくユウの手つきはやっぱり女の子のそれで、こんなちっちゃい手でよく生きていけるなと心配になった。でも、まぁユウは大丈夫なんだろう、とどこからくるのかわからない何となくの安心もあって、ユウが広げた採取用の包みに薬草を並べるのを手伝った。「ありがと、ジャック……でも、すごいね。獣人属はみんなそんなに耳がよくて気配に敏感なの?」「こんなの手伝ったうちに入らねぇよ……そうだな。でもレオナ先輩は特別だ」「特別……?」「同じ獣人属のなかでもあんなに優れた人は見たことがない。あの人の本気は誰よりもすごい。本当にあの人はすごい力を持った人だ」ひょっとしたら寮長に聞かれているかもしれない、と思いながらぴこぴこと耳を動かす。それがわかっていても篤く語ることをやめられなくて、しゃがんだ膝の上に握り拳を作りながらレオナ先輩のすごさを伝えようとユウを見つめた。ユウも最初はキョトンとしていたものの、俺の言葉に耳を傾けるうち、うんうんと頷きつつ目をキラキラさせて俺と同じように握り拳を作って小さくぶんぶんと縦に振っている。「そう! そうよね! レオナ先輩はすごい人だと私も思う! 本気を出したら、きっと誰も勝てないし、きっと、すごくかっこいい」溢れてくる感情が抑えられないとでもいうようににっこり笑って頬を染めているユウに、あぁ、と俺も深く頷いた。「俺はもっと強くなって、いつかあの人の本気を引き摺り出してやるんだ。そしてそれを思い切り打ち負かしたい! 絶対強くなってやる!」ぐっと握り拳に力を入れて顔の前に翳すと、ユウは嬉しそうに笑って、頑張ってね、と小さく呟いた。そのままレオナ先輩のすごいところを二人でヒソヒソと語り合って、とてつもない高揚感に満たされつつ薬草を纏め終えたユウとともにうずうずする尻尾を小さく揺すりながら植物園を出た。無駄だと伝えたのにそれでも音を立てない様にと静かにドアを閉めたユウに思わず笑みが溢れてしまう。「そんなにコソコソしなくても、堂々としたらどうだ。寮長はお前のこと、無碍に扱ったりしない」俺の声掛けにビックリしたような顔で振り向いたユウは、うーん、と煮え切らない態度で真っ白な頬を少しだけピンクに染めていた。「……そう、かな? でも、ライオンはお昼寝大事でしょ? だから、レオナ先輩もそうなのかなって」あの人、よく寝てるし、とボソボソ喋るユウはチラリと植物園のドアへ視線を移した。「私だったら、気持ちよくお昼寝してるのを邪魔されるの嫌だから……寝汚いって言われるレオナ先輩でもお昼寝の邪魔はされたくないんじゃないかと思って」だからコソコソしてるだけなの、他意はないのよ、と繰り返すユウに、ふーん? と首を傾げながらユウがそれでいいのならまぁいいか、と腕を組んだ。「それより、お前と喋ってると、寮長のすごいところが改めてよくわかった。よかったらこれからもたまに話さないか? もしよければエペルも一緒に」アイツもレオナ先輩の強さには憧れてるんだ、と頷けば、ユウはキラキラと目を輝かせてコクコクと頷いた。「ホントに! 嬉しい! エースやデュースはあんまり興味ないみたいで……だから、一緒に話せたら、すごく嬉しい!」「そうか! ならエペルにも声を掛けておく。部活前とか、空いてる時間に集まろう」じゃあな、と嬉しそうなユウに向かって手を振りながら自分の教室へと急ぐ。レオナ先輩のすごいところを共有できる仲間が増えたことで俺は珍しく興奮していた。教室に戻った途端、エペルにどったね!? と驚かれるくらいに興奮していて、俺はエペルにさっきまでの出来事を掻い摘んで説明する。マジフト部の仲間として、レオナ先輩に憧れる仲間として、レオナ先輩のすごいところをユウと共有できたことを伝えると、エペルも嬉しそうに喜んで、やっぱりレオナ先輩は強くてすごい人なんだと二人で興奮しながら授業が始まるまで語り合った。

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