司郎のくせに、なまいきだ

独占欲。あるものを自分のものにしたいという欲求。独り占めにしたいと思うこと。嫉妬。やきもち。自分の愛する者の愛情が他に向くのを恨み、憎むこと。言葉の意味は大体そんなところ。でも、俺が知りたいのは、多分、そういうことじゃない。あれから、マッスルの言った、それらの言葉の意図を理解しようと、俺は頭の中でずっとぐるぐると考え込んでいた。俺が少佐に独占欲を抱き、さらには嫉妬をしている。それは少佐に拾われた俺たちにはごく当たり前の感情として備わっているもののような気がするし、そしてその上で少佐がそれを満たしてくれることもないという諦めも同時に存在している気がする。葉と紅葉に直接聞いたわけではないけれど、葉はまだまだ親に甘えたい盛りだし、紅葉が年頃よりもしっかりしているのはそういったものの裏返しだと何となく感じていた。俺だって少佐が気まぐれで俺たちを拾ったことは理解しているつもりだし、俺たちに家族や国をくれると言って、そのために動いてはいるけれど、どうもその本来の目的は別のところにあるらしいということくらいは、薄々わかっているつもりだった。でもマッスルから見れば、そんな俺の『わかったつもり』はまだまだで、理解の及んでいないところがあるんだろうか。俺の理解は所詮子どもの背伸びでしかなく、俺がまだまだ若さのせいで見えていない部分があるということなんだろうか。ふぅ、と溜め息を吐きながら、少し遠いテーブルで雑談している少佐の横顔を見つめる。今日もあの男との商談だ。今日はたまたま相手がオープンスペースでの商談を希望したから、俺と紅葉と葉も少し離れたところから、少佐とマッスルの様子を見守っていた。ジュースを飲んでいる葉の相手をしながらチラチラと商談の様子を窺う。ここからじゃ喋っている内容は聞き取れないけれど、少佐とあの男の親密な気配は読み取れて、クッと唇を噛み締めた。「真木ちゃん」そっと耳に届いた小さな声に、ハッとそちらへ顔を向けると、ひそひそと声を潜めた紅葉が口許に手を当ててじっと俺を見つめている。その視線にどきりとしながら促されるように耳を近付けると、内緒話をするように紅葉は更に顔を近付けた。「気になるならあっちに集中したら? 私が葉のこと見てるよ?」少佐が気になるんでしょう? と改めて指摘されてしまい、思わずびくりと肩が跳ねてしまった。慌てて紅葉の顔色を窺うと、紅葉は何てことの無いようにニコニコと笑って続ける。「少佐のお仕事、そばで見ていられることなんて滅多にないもの。気になっても仕方ないわよ」自信満々に、全てをわかりきったような笑顔を浮かべて紅葉は腕を組んでウンウン頷いている。そうだけどそうじゃないんだ、と言おうとして、多分それじゃあうまく伝わらないと口を噤む。確かに、普段見ることの少ない仕事を間近で見せてもらえるのは貴重な機会だし、実際折角の機会を無駄にしないよう勉強するべきなんだと思う。でも、今俺の頭を占めているのは少佐とあの男との関係で、取り引きの掛け合いや、お互いの腹を探り合うような遣り取りではなかった。商談に来ているというのに、馬鹿みたいにデカい花束を持って現れたソイツは、まるで少佐は自分のモノだというように、時折手を伸ばして少佐の頬を撫でては銀髪の毛先を指で弄んでいる。少佐はそれを拒否するわけでもなく、テーブルに肘を突いたまま、表情を崩さずふわりと口元だけで笑っていた。とても商談をしているとは思えないその二人の視線や指先の語らいに、ギュッと眉間に皺を寄せて唇を噛み締める。どう考えたってその距離感はおかしいんじゃないか。「……なんだかあの男の人、ヤな感じだと思わない? 真木ちゃん」葉にジュースを飲ませながら、ちらりと少佐たちが座っているテーブルを見遣った紅葉は、ぷくりと頬を膨らませて続ける。「お仕事の話してるのにあんなにベタベタしちゃって。変だと思うわ」あんなのまるで恋人同士みたいじゃない、と紅葉は唇を尖らせている。拗ねたような声色は、聞くだけでもわかるくらいに不機嫌さを表していて、葉が不思議そうに首を傾げながら丸い目で紅葉を見つめていた。「……恋人、じゃない。取り引き相手、だ」ぽつり、と自分にも言い聞かせるように呟くと、キッと不快そうに眉を吊り上げた紅葉がヒソヒソと俺に小言をこぼした。「でもこの前もふたりでお出掛けしてたんでしょ? それってデートしてたんじゃないの?」デート、という言葉に反応してパッと紅葉に顔を向けると、紅葉はマッスルに聞いたの、と鼻を鳴らしてまたチラリとテーブルの方を見遣った。「……デート、ではないと思う。少佐は、きっと何か考えがあって」「あの人、少佐のコト好きなんでしょ? 少佐に貢ぐためにカジノに行ったんならそれはもうデートじゃない!」男の人は好きな人にいっぱいプレゼントするってマッスルも言ってたわ! と紅葉は肩を怒らせながらプンプンと憤慨している。それでも少佐の商談を邪魔しないようにと小声で怒りを叫んでいるのだから畏れ入る。自分はデートという言葉が嫌に耳に貼り付いて身動きできなくなっているというのに。女の子って本当に大人びているんだなと実感しながら、そろりと少佐の横顔を見つめた。先程と変わらず、柔らかく口元だけで微笑んでじっと男の目を見つめている顔は、まるで彫刻のように美しい。そこだけを切り取ればそのまま絵画になるような洗練された美貌に、男が持ってきた豪華な花束だって背景を装う飾りにしかならない。時折喋るために開かれる唇は、薄いけれど整った形をしていて、つい視線がそこへと吸い込まれてしまう。あの唇に触れたらどんな感じなんだろう。あの男はもう、あの唇の感触を知っているんだろうか。どろり、と熔けた鉛のようなただただ重たくて不快なものが、胸の内を占めて思わず眉を寄せる。うっと吐き気にも似たせり上がりに、苦しさを覚えて仕方がない。それなのにどうしても少佐とあの男から目を離すことができなくて、ただじっと見つめ続けた。少佐とあの男は、もうそういう大人の関係だから、あんな風に触れ合って会話をしているんだろうか。少佐はもうあの男のモノで、俺の知らない顔をあの男に見せたりするんだろうか。あの柔らかそうな唇で、男の名前を呼ぶんだろうか。目を細めて、愛おしむように、あの男の目を見つめ返したりするんだろうか。誰かが心の中で、嫌だ! と叫んだ。そして、俺だって、とその声は続ける。俺だって。俺だって、なんだというんだろう。自分はまだ子どもで、少佐と肩を並べて立つことすらできないというのに。どんなに欲しいと願っても、少佐ははるか高いところにいて、俺の手なんかが届くはずはないのに。そこまで考えて、唐突にマッスルが言っていた言葉の意味を理解した。独占欲。嫉妬。そして男になるということ。自分が少佐に向けているもの。それが一体何なのか。瞬時に理解してしまった。俺は、少佐をあの男と同じ目で見ている。少佐を自分のモノにしたいと、そう心から望んでいる。自分だけを見てほしい。自分に向けて特別な感情を抱いてほしい。穏やかなものでなくてもいい。時を止めたあの人の、一瞬でもいいから特別になりたい。この気持ちは自分たちの親になってほしいという気持ちとは全く別物の、純粋な欲望だった。自分があの男と大差ないという酷い現実よりも、自分の中に芽生えた少佐に対する感情に、何故だか納得したのと同時に、妙に興奮を覚えた。謎の高揚感に躍る胸を押さえながら、もう一度少佐の横顔を盗み見る。少年のまま時を止めた美しい横顔。白磁のような白い肌。長い睫毛が縁取る深い色の瞳。出生はアジアだと聞いた記憶があるのに、スッと綺麗に通った目鼻立ち。薄い唇は淡く色付いて、見る者を惑わせる。魅力的な見た目に誘われるまま近付けば、外見からは想像できない無邪気な悪意に絡め取られて逆に喰い尽くされてしまう。きっとあの人はそういう人だ。そう考えると、やはりあの男はまだ少佐に触れたわけではないと確信できるのが、ほんの少しおかしい。まだ必死に少佐の気を引こうとあの手この手で手を尽くしているのだ。そしてあの男の策には少佐は一切靡いていない。その事実がまた俺を酷く高揚させて、自分があの男よりも少佐に近い場所にいると勝ち誇った気分にさせた。「……真木ちゃん? どうしたの? 何だか嬉しそう」「えっ」「さっきまでは難しい顔してたのに。そんなに少佐のお仕事見れるの嬉しい?」「……あ、あぁ。やっぱり、普段は、見られないからな」「……ふぅん」紅葉はそれっきり興味を失ったようで、まだ終わらない商談をチラリと見てから葉に身体ごと向き直った。紅葉の華奢な背中にそっと溜め息を吐いて、もう一度少佐に目を向ける。嫌がるわけでもなく男の指を受け入れている少佐は感情を動かさず、相変わらず口元だけで微笑んでいる。少佐が何を考えているのかはわからないけれど、男の手を払わないのは面倒だからなのか、その価値も男にはないからか。それとも少佐が言っていたように金づるとして遊ぶためなのか。俺の考えが及ばないことを考えているのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。それでもあんな風に少佐の頬に触れられるあの男がほんの少し羨ましくてじっと見つめていると、ふと視線を動かした少佐と目が合った。その瞬間、ふわりと少佐が優しく微笑んで俺を見つめる。すぐに視線は逸らされたけれど、一瞬だけ優しく絡んだその視線に胸が締め付けられて、初めて感じる胸の痛みにドキドキした。

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