紅葉の新しいワンピースを見繕っている間、待ち疲れてグズり始めた葉を宥めるため手を引いて店の外に出た。その時マッスルに渡された少しの小遣いを掴んで、葉が喜びそうなキャンディを取り扱っている店を探し、ふたりで歩いていく。その途中、機嫌を損ねて歩かなくなった葉をおんぶしてやりながら、大きな公園の側にある菓子屋のディスプレイに目的の物を見つけてホッと一息吐いていると、はしゃいだ葉が俺の背中から飛び降りた。そのままショーウィンドウに駆け寄った葉を追いかけて隣に並ぶと、心が沸き立つような色とりどりのロリポップと、抱えきれないほど大きな瓶に詰められた数々の丸いドロップが目に飛び込んでくる。壁沿いに備え付けられた棚には、鮮やかなデザインの缶入りクッキーやビスケットに、透明のケースに入れられたソフトキャンディも並んでいた。あまりこういったものが嬉しくなくなった俺でも僅かに心が躍ってしまうのだから、葉が興味を持たないわけがない。へばりつくようにショーウィンドウのガラスにくっついている葉の背中を撫でながら、固まって動かない葉を店の中へと促した。大きい目を飴玉のようにきらきらと輝かせて、葉は店内の商品を見つめている。今にも涎が垂れそうな口元に苦笑いをこぼしながら、好きなの選んでいいぞ、と葉に声を掛けた。ほんとに! と嬉しそうに声を上げた葉は、全部ほしい! と両手を大きく広げて俺に笑顔を向けてくる。それにまた苦笑いを返して、店員さんに予算を伝えて大小様々なロリポップをカウンターに並べてもらう。今日買うのは五つだけ、と葉に伝えると、がっかりしたように眉を寄せて、ぷくりと頬を膨らませてしまった。ふわふわの癖っ毛にくしゃりと指を通して、俺の小遣いも出すから紅葉にクッキーを買って帰ろう、と提案する。すると、ぱぁっと花が咲いたように葉は笑ってクッキー缶が並ぶ棚へ移動した。種々様々な缶が置かれた棚から、葉が両手で持てるぐらいの缶を手に取って、これにする! と満面の笑みを俺に向けてくれる。小振りで華奢なその缶には沢山の小花が描かれていて、中身はクッキーのアソートのようだった。わかった、これにしよう、と商品を受け取って、再びカウンターに戻る。葉がカウンターに並んだロリポップをウンウン唸りながら選んでいるのを眺めていると、クッキーの缶を受け取った店員が、包装紙でクッキー缶を包み始めた。その包装紙には小さなテディベアがたくさん描かれていて、包みの仕上げにプレゼントとわかるようなシールまで貼ってくれている。明らかに有料と思えるそれらに、そわそわとお代の心配をしていると、商品を紙袋に詰め終わった店員がにこりと俺に向かって微笑んだ。「女の子にプレゼントなんでしょ? オマケしてあげるから心配しないで」「あ、えっと……ありがとう」「いいのよ。喜んでくれるといいわね」はいドーゾ、と渡された紙袋を受け取りながら、何となく気恥ずかしいような気まずいような気持ちに苛まれていると、にこにこと笑顔を浮かべる店員が葉に向かって声を掛けた。「お兄ちゃんがさっき五つって言ってたけど、このクッキー缶にするならロリポップ六つまで選べるわよ。よかったわね?」葉の顔の位置に合わせるように身体を屈めた店員がにこりと笑って葉の頭を撫でる。一瞬だけポカンとした表情を見せた葉は、徐々に意味を理解したのか、ぱぁっと弾けるように笑った。「ほんと! いいの?」「えぇ。充分買えるわ」にこにこと愛でるような笑顔を浮かべて答えた店員に、葉も嬉しそうに笑って選んだロリポップを差し出した。今包むから待っててね、と店員は受け取ったロリポップをひとつずつビニールに包んでから、纏めて白い紙袋へ入れている。提示された金額ぴったりのお金を差し出して、店員から商品を受け取った。また来てね、と笑顔で微笑んでくれた店員に、二人でありがとう、と声を掛けてから店を出る。そのまま公園のベンチを目指して歩いていくと、ちょうど買い物を終えたらしい紅葉とマッスルが歩いてくるのが見えた。声を上げながら手を振っていると、こちらに気付いた紅葉が嬉しそうに駆けてくる。どうやら良い買い物ができたらしい。ほっとしながら二人と合流して、四人揃ってベンチに座った。「あめ! 食べる! ちょーだい!」「あー、わかった。何色のやつがいいんだ?」「きいろ!」「今出すからちょっと待って……ハイ、どーぞ」やったー! と嬉しそうに声を上げて早速食べ始めた葉を見守りながら、にこにこと楽しそうな紅葉にも声を掛ける。「良い買い物ができたみたいだな?」「うん! とっても素敵な花柄のワンピース! 私お姫様みたいなのよ!」「そうか……それはよかった」きっと帰ってすぐ少佐に見せるためのファッションショーを開いてくれるんだろうな、と笑みを零して、紙袋のなかから丁寧に包まれたクッキー缶を取り出した。「……紅葉、よかったらコレ。美味しそうだったから」ついでに、と紅葉にプレゼントを差し出すと、大きく目を見開いた紅葉が、俺とプレゼントを見比べて、ポカンと開いた口を小さな手で覆った。「……いいの? 私に?」「そうだ。受け取ってくれ」「僕がえらんだんだよ!」「葉が? 私に? 嬉しい!」ありがとう! と声を上げてプレゼントを手に取った紅葉に、葉が鼻高々に少佐の真似をして、喜べよ、と笑う。それが何とも言えない具合によく似ていて、思わず皆で笑ってしまった。開けてもいい? と聞いてくる紅葉に頷くと、紅葉は包装紙を破かないように丁寧な手付きで開封していく。包装紙の中から現れた可愛らしい花柄の缶に紅葉は感嘆の溜め息をこぼした。「お花柄……私、今日は本当にお姫様みたい!」偶然被った花柄に感動したのか、紅葉はしばらく包装紙を取り除いた缶を膝の上に置いてじっと眺めていて、感激のあまりなかなか缶の蓋を開けようとしなかった。「開けないのか?」「開ける! 開けるわ! でもね! 可愛いから!」ずっと見ていたいの! と弾むような声で答えた紅葉に思わず笑ってしまう。「紙箱じゃないから、ずっと取っておけるだろ? 気に入ったなら捨てずに持っておけばいい」「……そうね、ホントだわ。とっても嬉しいから大事にするわね」そう言ってふわりと微笑んだ紅葉は、そっと缶に指先で触れて、そろそろと蓋を開けた。慎重に慎重に缶が開けられた途端、ふわりと甘い香りが漂って、可愛らしい缶の中身は、様々なクッキーが綺麗に敷き詰められている。「うわぁ……かわいい……」「ホントね……センスいいじゃない、ふたりとも」「僕が! えらんだ! すごいでしょ!」「ありがとう。とってもうれしい! 食べてもいい?」「いーよ! 僕にもひとつちょうだい!」「いいよ? どれにする?」これがいい! と元気よく答えている葉の横で、お前が食べたらプレゼントの意味なくなるじゃないか、と小言を零すと、ウフフと笑った紅葉が俺の前にもクッキーを差し出した。「だって、みんなで食べた方がおいしいもん!」嬉しそうに笑っている紅葉の提案を断れなくて、眉を下げながら缶の中からひとつクッキーをつまみ上げる。言われるがまま口へ運ぶと、砂糖をまぶした四角いクッキーはほろりと溶けて無くなってしまった。「確かに……おいしいな」「でしょ? でもね、これはもう私のだからあげるのはひとつだけよ!」大事に大切に食べるの、と丁寧に缶の蓋をした紅葉は、フフン、と鼻を鳴らして笑った。「みんな、喉渇かない? アタシ、そこのスタンドで飲み物買ってくるわ。司郎ちゃん、二人と荷物、お願いね」「あぁ。わかった」パッと立ち上がったマッスルから購入した物が入っているであろう紙袋を受け取る。マッスルがスタンドへ向かって駆けていくのを見送ると、ロリポップを舐め終えた葉が暇を持て余したようにうずうずと身体を動かし始めた。目の前には広い公園が広がっていて、アスレチックの遊具もある。葉ぐらいの年頃の子に、あれを見せておいて遊ぶなと言う方が無理難題だろう。「遊んできていいぞ。荷物があるから、俺はここで見てる」「いいの?」「あぁ。その代わり、ちゃんと列の順番は守る。約束だ」「わかった!」バッと立ち上がった葉を見て、追いかけるように紅葉も立ち上がる。「私も遊んでくる! 大きい公園ひさしぶり!」葉の手を取って遊具へと駆けていった紅葉の背中を、微笑ましい気持ちで見守りながら、ふぅ、と溜め息を吐いて背もたれに背を預けた。「……アラ。何だか浮かない顔ね? 葉の相手疲れちゃった?」四人分のドリンクを運んできたマッスルが、俺の分のカップを手渡しながら顔を覗き込んでくる。「オレンジジュースでよかったかしら?」「あぁ。ありがとう」受け取ったジュースのストローに口を付けてひと口吸うと、屋台らしい濃縮原液を薄めた味ではなく、ちゃんとした生搾りのフレッシュジュースの味がした。こういうちょっとした気遣いが大人のそれのような気がして、美味しいはずのジュースも何だか酸っぱく思える。そんなことはないはずなのに、自分がまだまだ庇護される側の青臭いガキだと言われているようで悲しくなった。「ちょっと。本当にどうしたの? そんな暗い顔しちゃって」葉のご機嫌が相当悪かったみたいね、と心配してくれるマッスルにふるふると首を振って否定する。「いや……葉はご機嫌だったよ。気に入った飴も買えたみたいだし」こっちも満足のいく買い物はできた、とほんの少し顔を俯けながら伝える。するとマッスルは、そうなの? と首を傾げながら自分用に購入したアイスティーのストローに口を付けた。ふと視線を前に移すと、さほど離れていない場所に設置されたアスレチックの遊具で、きゃらきゃらと声を上げながら葉と紅葉が遊んでいるのが見える。あちらに混ざるにも俺は少し大きくなりすぎているし、少佐にくっついて仕事をするにはまだ幼い。どうも自分が中途半端でどっち付かずの存在のように思えて、モヤモヤとした自分の中のわだかまりが、またみるみると大きく膨らんで、思わずその不快さに眉を寄せた。「……なぁ、マッスル」ぽつり、と溢れ出た自分の声は何だかものすごく情けない音をしている気がする。「俺も……いつかは、大人になれるのかな」本当は、今すぐにでも大人になりたい。でもそれは叶わないなんてこと、誰かに言われなくたってわかっている。どんなに足掻いてみたって、身体が大きくなるのには時間が掛かるし、身体が大きくなったからって大人になれるわけじゃないってことも身に染みている。それでも、大人になれば今の状況を僅かでも変えられる気がして、少佐の隣に立ちたいと逸る気持ちばかりが自分の中で燻っていた。「少佐が、あんな男の相手をしているのが悔しい。俺が大人になって、少佐のサポートができるようになれば、少佐だって、あんな男の相手しなくても、済むようになるんじゃないか」そうだ。少佐は俺たちのリーダーなんだから、取り引きだって俺たちがメインで動いて、少佐は決定権だけ持っていれば済むはずだ。大きな組織はそうやって物事を回しているのだし、ウチの組織だってこれからもっと大きくなるんだからそういう体制にしていってもおかしくない。俺だってまだ表には出られなくても、マッスルのサポートくらいなら問題なくやれるはずだ。「俺、はやく大人になりたい。まだ無理だってわかってるけど、俺は少佐のために……」力をつけて、俺があの人の背中を守れるくらいになれば。でもそんなの今の俺には到底手の届かない遠い目標だ。あの人は凄すぎて、並のエスパーじゃ近付くこともできない。「……知らないうちに、大人になったわねぇ」「……え?」溜め息を吐くように淡々と呟いたマッスルにハッとして顔を向けると、サングラス越しに優しい目と視線がかち合って目を瞬かせた。「今はとても苦しいと思うわ……でもね、それが大人になるっていうこと」司郎ちゃんは焦らなくても、ちゃんと大人に近付いてるわ、とあたたかく微笑まれて、ギュッと眉を寄せる。「でも! 少佐の役に立つには、きっと、まだ……全然足りない」ぎり、と唇を噛み締めて膝に置いた握りこぶしに力を込める。焦るな、と言われても焦ってしまうもどかしさが苛立たしい。どう足掻いたってどうしようもないのは自分がよくわかっている。でも。「俺がもっと大人だったら……少佐にあんな男を近付けたりしないのに……」ぎゅう、と痛いくらいに眉間に皺が寄るのがわかる。もし俺が少佐のそばにいられるのなら、そもそもあんな男を少佐に近付けさせたりしない。あんな男と良い関係を結ばなくたって、俺がそんなことしなくて済むように取り引きを有利に進めてみせる。少佐に言い寄ってくる男たちなんか、俺が寄せつけさせないよう、目を光らせるのに。「……少佐も、もっと警戒すべきだ。少佐が男たちになびく必要なんて、ないんだ」少佐はもっと気高くて、手の届かない存在だ。そこいらの男に気安く笑いかけたりしなくていい。そう思っても、自分にはどうにもならないことが本当に悔しくて奥歯を噛み締める。もっと、はやく強くなって、大人になりたい。大人になれば、どうしたって縮まらないこの差だって、少しは埋められるかもしれない。膝の上に置いた握りこぶしを解いて、まだ少し小さめの手のひらを見つめる。この手が大人と大差ないくらい大きくなったら、自分の手で少佐を守りきることができるようになるだろうか。「……司郎ちゃん……そう。司郎ちゃんも少佐に……」一瞬だけきゅっと眉を寄せたマッスルは、すぐにふわりと微笑んでふるふると小さく首を振った。「……え、なんだ? 最後まで言ってくれ」途中で止められてしまって居心地の悪い気分を味わっていると、ほんの少し考え込んだマッスルは、フ、と表情を緩めて首を傾げた。「……男なら仕方ないのよ。司郎ちゃんも男になった、そういうことよ」「……なんだそれ」「その気持ちはね、多分、独占欲とか、嫉妬っていうのよ。覚えておきなさい」「はぁ?」「きっとすぐにわかるようになるわ。もうほとんど自覚してるようなものだもの」そっとそう告げたマッスルの目はひどく優しくて、思わずじっと見つめ返してしまう。その目が緩く弧を描いて柔らかく閉じたと思うと、穏やかな目が遊具で遊んでいる葉や紅葉にも向けられて、ふふ、とマッスルは小さく溜め息を吐いた。「ホント、いつまでも子どもじゃいられないのに。いつの間にか成長して追い越していっちゃうのね」ホントどうするつもりかしら、と主語の抜けた呟きが、少佐のことを指しているのは何となくわかる。でも、自分が少佐を追い越せるなんて有り得ないし、少佐が俺たちにどうこうする未来も何となく見えなくて、マッスルが何に対してぼやいているのかこの時の俺にはわからなかった。
司郎のくせに、なまいきだ



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