「……アラ。帰ってきたの?」「……うん。途中で消えてゴメン」「いいのよ。アタシがうまいこと誤魔化しといたから」うふ、と仕事が出来る顔で笑ったマッスルが、くしゃりと俺の頭を撫でた。それにむず痒さを感じながらも大人しく受け入れて、きょろきょろと周りを見渡す。「……少佐は? 商談、終わったんじゃないのか?」商談に使っていたホテルの部屋の中には少佐の姿が見えない。丸テーブルの上には封の開いたワインの瓶と、中途半端に飲み残されたワイングラスがひとつ、空になったグラスがひとつ。そこで商談が行われていたということが読み取れる残骸に首を傾げた。「商談中に飲んだのか?」「あー……それね……」やんなっちゃう、と肩を竦めながらマッスルは封が開いたままになっていたワインボトルに無理矢理コルクをねじ込んで、簡単にテーブルを片付け始めた。「相手方がどうしても、ってね……少佐は飲まないってアタシは止めたのよ?」ぶつぶつ文句を口にしながらマッスルはトレイに使い終わったグラスとボトルを載せて、もう、と腰に手を当てた。「少佐だって付き合うことないのに! あんな奴の相手をするくらいならアタシの相手をしてほしいわ!」「……アイツと何処か行ってるのか?」いつもとは違う少佐の行動に驚きながら、恐る恐る尋ねると、マッスルは顔の横で手をひらひらと振りながら、嫌そうな顔をして言葉を続けた。「気分がいいからって。お相手さんとカジノに行っちゃったわ」「カジノ……」「アタシも行くって言ったのよ? でも無粋なことはするなって少佐が」必要ないのはわかってるけど身辺警護がいた方がいいじゃない、と不服そうに唇を尖らせたマッスルは、ホントやんなっちゃう、と眉を寄せて首を傾けている。「……無粋って……少佐はあの男とカジノでふたりきり、なのか?」再び頭をもたげてくるモヤモヤとした自分の中の澱みが、じわりと自分を呑み込むように広がって、べったりと喉の奥に張り付くようだ。よくわからないそれを無理矢理飲み下すように喉を鳴らして、視線を足元に落とした。「そうなるわね……あの男が他に誰か連れてくとも思えないわぁ」ふぅ、と眉を下げて溜め息を吐いたマッスルは、まるでどうしようもない、とでも言いたげな間延びした声で、うんざりと肩を落としている。「……カジノじゃ……俺も、入れない」俺に年齢制限を誤魔化せるほどの背丈はまだない。その上、マッスルですら同伴させなかった場所に、俺は付き添わせてもらえるだろうか。マトモに考えればそれすら怪しい。せめて自分の見た目が、少佐が従えていても違和感のない外見ならば。いや、もっと俺が力をつけて、少佐の背中を任せてもらえるくらいになれれば。次から次へと自分の中から出てくる己の至らなさがどうしようもなく悔しい。手を伸ばしても届かないこの距離が恨めしくて仕方がない。早く大人と肩を並べて、少佐の隣に立ちたいのに。俺はいつもあの人の背中ばかり追いかけている。悔しくて、悔しくて。まだ何もかもが足りない自分ばかりを見せつけられて、どうしようもない気持ちにさせられてしまう。「……ま、考えてても仕方ないわ! 大人しく少佐が帰ってくるの待ちましょ!」ぽん、と柔らかく背中を叩かれて、そうだな、と小さく返事することしかできない自分の若さを呪いたかった。
司郎のくせに、なまいきだ



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