司郎のくせに、なまいきだ

「マッスル!!!」衝動のまま走り続けて、葉と散歩している後ろ姿が目に入ったとき、俺は言いようのない感情が溢れてきて後ろからマッスルに飛びついた。「わッ! アラ、何? どうしたの真木ちゃん?」子どもじみた俺の行動を笑うことも訝しがることもせず受け入れたマッスルは、荒ぶった俺の感情を落ち着かせるようにトントンと優しく肩を叩いてくれる。決して子ども扱いをしてそういう行動を取っているわけではないとわかっているのに、今の自分には自分の大人になりきれない部分をまざまざと見せつけられているようで苦しかった。「……真木ちゃんも少佐に何か言われたのかしら? 本当にもう、あの人ったら」どうしようもない人ね、とウンザリしたようなマッスルの声が耳に届いて、少しずつ荒ぶっていた自分の感情が落ち着いていくのを感じる。するとじわじわと自分の行動が恥ずかしいもののように思えてきて、今度は居たたまれなさと照れで顔が赤くなってきた。やっぱり自分はまだまだ子どもだ、と悔しい思いを堪えながらそろりとマッスルから身体を離す。赤い顔を見られるのがいやで、俯いたままでいると、そっと頭を撫でられて、恐る恐る顔をあげれば、そこには馬鹿にするでもなく呆れることもせずに、優しく微笑んで俺を見守っているマッスルがいた。「……アタシでよければ話は聞くわよ? 愚痴でもいいし、何なら恋の相談だって」座りましょ、と言って道ばたのベンチに腰掛けたマッスルにつられるように腰を落ち着けると、葉も同じように俺の隣へ座ろうとベンチによじ登った。滑り落ちそうになっているのを支えてやりながら見守っていると、何とかベンチに座ることが出来た葉が、にこにこと微笑みながら足をぷらぷらさせて飴を舐め始めた。もうすっかりご機嫌は直っている様子の葉にほっと胸を撫で下ろしつつ、柔らかいふわふわのくせ毛を整えるように頭を撫でてやる。ふとこちらを見上げた葉がにこりと笑って俺を見つめるものだから、ぐちゃぐちゃに乱れた自分の気持ちも何だか落ち着いてさっきまで荒立っていたのが嘘みたいだった。「なぁ、マッスル」凪いだ気持ちはふわりと軽くなって、するりと口から零れてくる。「俺の頑張りなんて、あの人にはどうでもいいことなのかもしれない」子どもが大人になろうと努力してみたところで、少佐には届くわけがないし、少佐に対して何か影響を与えられるわけではないのだと思い知らされる。「あの人に追いつきたくて、一生懸命足掻いてみたって、少佐には伝わらない」少佐と肩を並べて戦いたい。少佐の目指すところへ向かうサポートがしたい。そんな風に思っていても、あの人はどこまでも一点を見つめているようで、周りにいる俺たちのことなんてお構いなしなのかもしれない。おまけに、俺が少佐に向けている気持ちですら、少佐のオモチャにしかならないという軽い扱い。もうどうしたって、あの人のために生きるなんてことは無謀なことのように思えた。「所詮……俺は、気まぐれに拾われた子どもでしかないんだ」「……一体、何があったの?」静かに肩を落としている俺に、マッスルが恐る恐るといった様子で問いかけてくる。それに苦笑いを返しながら、起こった出来事をありのままに伝えた。「みんなが出て行った後、少佐に、格好つけて『大人になってやる』って言った。それから紅葉を追いかけて、紅葉と少し話をしてから部屋に戻ろうとした。そしたら、あの男のところへ遊びに行こうとしていた少佐に会って、少佐に俺の気持ちがバレたんだ」たまたま、紅葉の前で透視されちゃったんだ、と笑うと、マッスルは驚いたように眉を上げて、あらぁ、とこちらを気遣うように溜め息にも似た声を出した。「……それは……ひどい目に遭ったわね」言葉にできない、とでも言いたげな何とも言えない表情に、眉を下げて苦笑いを返す。それはそうだろう、自覚したばかりの気持ちをからかい半分で弄ばれたなんて、どう反応を返せばいいのか普通は困るはずだ。しかもその自覚を促してくれたのは目の前にいるマッスルで、多分応援やそういう気遣いもしてくれていた。「……いや……きっと、分不相応ってやつだったんだ。そもそも少佐が俺からそういう感情を向けられたって反応に困ってたと思う」だからこれは決して少佐が悪いという話ではない。そう続けようとしても喉がひりついてうまく言葉にできないのを何とか誤魔化そうと俯くと、ガシリと肩を掴まれて無理矢理上を向かされた。「そんなことない! そんなことないわ真木ちゃん!!!」「え」「真木ちゃんは立派なイイオトコに育ってる! アタシが言うんだから間違いないわ!」「えぇ……?」必死な形相で迫られて若干引いていると、コホンと気まずそうに咳払いをして、マッスルが居住まいを正した。「……何も身内だからって贔屓目に見て言ってるわけじゃないのよ? アタシはちゃんと真木ちゃんの行動を評価して言ってるの。それだけは信じて!」「……俺の……行動?」「えぇそうよ! この前、紅葉に渡したプレゼントだってすごく気が利いてたし、葉の相手だって嫌がらずにしてくれてるわ!」「それは……だって、兄弟みたいなもんだし……」日頃の自分の行いは取り立てて褒められるものではなく当たり前の行動をしているだけなので、改めてそんな風に言われるとどう反応していいのかわからなくなる。居心地が悪いのを誤魔化すように頬を掻くと、眉を下げて笑ったマッスルが俺の頭を大きな手で撫でた。「それでもね、ちゃんと相手のことを思い遣って自分で行動できるってスゴいことなのよ」「……そう、なのかな」「相手を思い遣る気持ちがあって、それをちゃんと伝える術を持ってるって、大人でもなかなかないことなのよ」「……大人なのに?」「……実際、大人と言ってもいい年齢のクセにまだまだ子どもの大人をよく知ってるでしょ?」「……あー」その子どもみたいな大人に思い切り揶揄われてここに来たのだということを思い出す。自分はひょっとしたらとんでもない人に心を囚われてしまったのかもしれないと気付いて、こうなるのはやっぱり当然の結果だったのかもなと空を見上げた。「でも……やっぱり俺が誰かを想ったりするなんて早かったんだよ。ましてや、その相手が少佐だなんて」最初から、身の丈に合っていない想いだった。そう、自分に言い聞かせるように呟こうとすると、そんなことない! とマッスルが眉を寄せて俺に訴えた。「恋をするのに大人も子どもも関係ないわ!」愛を語るのに年齢も資格も必要ない! と続けたマッスルは、自分を落ち着かせるように空を見つめた。「他人とお付き合いをするっていうのはね、相手をいかに大切にするかってことだと私は思うの」静かに告げられたその言葉にマッスルの横顔をじっと見つめる。その視線に気付いたのか、マッスルは俺に視線を移してから、そっと優しく微笑んだ。「真木ちゃんは、もう充分その術を知ってるわ」だから真木ちゃんが大人だとか子どもだとかは関係ないの、と続けたマッスルに、何だか照れが勝ってしまって思わず顔を俯ける。赤い頬を誤魔化すようにそっぽを向くと、マッスルはそっと俺の頭をひと撫でしてからまた空を見上げた。「少佐がやったこと、許せないかもしれない。許せなくたって当然だと思うくらいの酷いことを少佐はしたと思うわ……でもね、できれば、少佐を見捨てないであげて?」まるで親が子を心配するような優しい顔つきで言うマッスルにハッと目を見開いてから、きゅっと眉を寄せて再び顔を俯ける。「……見捨てる、なんて……そんな」俺がこれで少佐から離れることを選んだり、少佐のことを嫌いになったりするなんて有り得ない。少佐のことだから、今日のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。俺さえ飲み込んでしまえばきっと何もなかったことになる。そうすればまた、今までと変わらない毎日を送っていける。少佐がいて、マッスルがいて、紅葉と葉がいて。同じ、エスパーの家族として、共に暮らしていける。そう。自分がこの気持ちをなくしてしまえば。「真木ちゃん」「え……な、なに?」真剣な声色にパッと顔を上げると、まっすぐに俺を見つめるマッスルの視線とかち合った。「アタシは、真木ちゃんにその気持ち、大切にしてほしい。こんなことをお願いするのは、呪いを掛けるのと同等だってわかってて言ってるんだけど。それでもね、アタシは少佐を好きになったその気持ち、そのまま育ててほしいなって思うのよ」とっても無理なお願いだってわかってるのよ、と申し訳なさそうに眉を下げたマッスルを見つめ返して縋るように言い募る。「いいのか?」「え?」「だめじゃないのか? こんな気持ちを抱えてるのは、だめじゃないのか?」僅かに身を乗り出した俺の身体を受け止めるように少しだけ身を引いたマッスルは、ふわりと柔らかく笑って俺の頭を撫でた。「……ダメなわけないじゃない。真木ちゃんが少佐に惹かれてるのは、胸を張っていいことだわ」堂々と自信を持ってほしいくらい、と笑うマッスルに、何だかほろりと涙が零れそうになって思わず顔を俯ける。まるで葉にするみたいに俺の頭を撫でてくれるのが恥ずかしかったけれど、その行為が自分を許してくれているように感じて、素直に受け入れてしまう。滲んだ涙を手の甲で拭うと、ポンポンと頭を撫で終えたマッスルが、ふぅ、と溜め息を吐いて首を傾げた。「少佐はねぇ……慣れたフリしてるけど、私から言わせれば全然恋愛初心者だわ」「……え? そうなのか?」「そうよぉ。そうねぇ、あの人はある意味、本当に誰かと心を通わせたことなんてないのかも」「誰とも? 大人なのに?」「それどころじゃなかった、っていうのもあるんだろうけど……誰にも心を許せなかったんでしょうね……」「誰にも……」ぽつり、と呟いたその響きがあまりに静かすぎてぶるりと背筋が震えてしまう。「私たちは、エスパーだから少佐と一緒にいるわけじゃないでしょ? 少佐に居場所を与えてもらったけれど、それだけで少佐と一緒にいるわけじゃない。真木ちゃんだってそうでしょ?」マッスルの問いかけにコクリと頷き返すと、マッスルも頷いて更に続けた。「私たちの想いが少佐に届くことはないかもしれないけれど、少佐のおそばに寄り添うことはできるわ。そんなの要らない、って少佐ははねのけちゃうのはわかってるんだけどね?」本当に呪いみたいよね、と眉を下げて笑うマッスルに、思わずそうだな、と返してしまう。しかも、自分が抱えてるのは拾われたときに掛けられた呪いだけじゃない。俺は少佐そのものに、心を囚われてしまった。本当に呪いみたいだ、と思いながら、それを嫌だと思わず、寧ろ喜びに近い感情を抱いている自分に呪いの深さみたいなものを感じて、眉を下げて笑うしかなかった。

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