あのね、明日になったらね

「おはよう」次に目を覚ました時は、明るくて清潔な部屋にいた。目の前には、さっきも見た、優しい笑顔。「君もサイコメトリー使えるんだな」だから俺が怖くないのかもな、と大きな手が私を撫でる。その手が気持ちよくて、すりすりと身体を大きな手に寄せると、掬い上げるように抱き上げられて、その人の膝に乗せられた。「怪我はもう大丈夫みたいだな。」言われてみて、気付く。あんなに傷だらけだった身体が、何処もかしこも綺麗さっぱり治っていて。何が起こったのかわからなくて身体を見回していると、クスリ、とその人が笑った。「俺、怪我とか超能力で治せるんだ。眠ってる間に全部治療しといたよ」記憶の隅にある、優しい笑顔。――ああ、私、この笑顔が好きだわ。にやぁん、と甘えるように鳴くと、その人は私の手を取って優しく話し掛けてきた。「俺、賢木修二。君の名前は?」私の名前、と問われて、何だったかしら、と思い出してみても、何も思い出せない。『…わからないわ』「…やっぱり、覚えてないんだな?」『…?…私の言葉がわかるの?』「俺もサイコメトラーなんだ。だから、君の思考を透視み取ってる」『サイコ、メトラー?』「君もサイコメトリーが使えるんだぜ?試しに俺の手から何か透視み取ってみろよ」『…やり方がわからないわ』「…そりゃそうか。まぁ、俺も猫に教えたことねぇし、そのうち、何か思い付くかも」優しくて暖かい手が離れていく。何だかそれが少し寂しく感じて、また、にゃぁん、と鳴いた時、ガチャリ、と部屋の扉が開いた。「どうだ、賢木。目、覚ましたか?」気を失う前に一緒にいた男の人が、小さな女の子を伴って部屋に入ってくる。その、一緒に入ってきた小さな女の子に何だか嫌な感じがして、背中にぞわりと悪寒が走る。「ああ。でもやっぱり、何も覚えてないみたいだ」私が気配を荒立てていることに気付いたのか、賢木修二と名乗るその人は私の頭や喉を指先でくすぐってくる。それが何だか気持ちよくて甘えていると、女の子が無遠慮に私に近付いてきた。「仔猫か!可愛いな!」賢木、私にも撫でさせろ、と延ばしてきた小さな手に向かって精一杯威嚇する。自分の背中の毛が逆立って、しっぽもピンと真っ直ぐに立ち上がって。爪を立てて足に力を入れると、そっと抱き上げられた。「膝の上で爪立てたら痛いって。襲われて間もないから、ビビってんのかも。ゴメンな、ドロシー」ドロシーと呼ばれた小さな女の子の頭をポンポンとしながら、その人は笑い掛けている。――嫌よ、その子に優しくしないで。自然と湧いた感情に戸惑いながらも、にゃぁん、と鳴いて存在を主張する。すると、その人の笑顔がこちらに向いて、荒ぶった気分を落ち着けるようにゆっくりと背中を撫でてくれた。「なぁ、皆本。やっぱり、この子、飼っちゃダメか?」「…当たり前だ、外に返してやれ」「えー…いいじやん、ケチー」「この仔猫、飼うのか!なら、名前を決めよう!」「いや、だから飼わないよ、ドロシー」「飼おうよー。ドロシーにはトトだろ?トト役いねぇんだし、ちょうどいいじゃんか」「皆本、いいだろう?…もとい、いいでしよ?世話は賢木がするから!」「うんうん。俺、動物の世話、初めてだけど頑張るから!」その人が私を抱えて立ち上がり、皆本と呼ばれた人の元へ近付いていく。この人も何処か見覚えのあるような、懐かしいような、そんな気が、する人。「…わかったよ。本当に何も裏はないんだな?」「今のところ、何か仕込まれてる感じはしないぜ?」「なら、ここで飼ってもいいよ。その代わり、ちゃんと世話するんだぞ」「やった!?俺、動物と暮らすの初めてだから超嬉しい!」お前はトルテがいるもんな、とその人は嬉しそうに私を抱えて頬擦りをした。それが何だかこそばゆくて、爪を立てないように気を付けながら、腕を精一杯伸ばして抵抗する。「私からも感謝するぞ、皆本。じゃあ、早速名前を考えよう!賢木」「え?君がドロシーなんだから、トトでいいじゃないか」「皆本ー、こぉーんな可愛い子にそんな名前付けれるかよ。ちゃんと考えてやらねぇと。」見つめ合うように顔の前まで持ち上げられて、足がぷらぷらする。瞬間、足がどこにも付かない恐怖を感じたけれど、不思議とこの人にされることは何でも素直に受け入れてしまっている自分がいて。んー、と考え込むような顔をしているその人を見つめていると、何か閃いたのか、にこっと笑って私のことを見た。「しほ」柔らかい笑顔でそう呼ばれて、思わずにゃぁん、と返事する。「うん、決めた。君の名前は、しほ、だ」私を優しく抱き締めながら再び椅子へと座ったその人は、私を落とさないようにそっと膝の上に乗せた。「賢木、なんでその名前なんだ」急に冷たい声になった皆本という人が、すごく険しい表情でこちらを見ている。さっきまでとは違う、ピリリとした空気を感じて、思わずその人のお腹に擦り寄った。「なんでって、似てるから。紫穂ちゃんに」「里心でもついたか?」「そんなんじゃねぇよ。毛の色とか、そっくりじゃん?ただ、それだけ」私を守るように、その人は大きな手で私を包み込む。その暖かい空間に身を任せて、場を支配しているピリピリとした空気から身を守る。「帰りたいんだったら、いつでも帰ってくれていいんだぞ」行こう、ドロシー、と皆本と呼ばれた人は小さな女の子を連れて部屋から出ていった。パタン、とドアが閉まる音がして、部屋のなかに暖かい静寂が戻ってくる。「やれやれ、相変わらず頑なだなぁ、皆本は。」ふう、とその人が溜め息を吐いて悲しそうな顔をする。何だかそれがとてももどかしくて、私に触れている手をぺろりと舐めた。「うおっ、猫の舌ってマジでざらざらなんだな…」驚いた表情でこちらを見るその人に、嬉しくなってもっとぺろペろと舐めていく。「ハハッ、くすぐったいよ。しほ」笑顔になってくれたのが、本当に嬉しい。――この笑顔が、すごく好き。――うん、多分、ずっと前から。――え?ずっと前ってどういうこと?ふと、頭を掠めた疑問に、チリッと頭の奥が痛んだ。(これは魔法だ。)知っているはずの誰かの声が頭に響く。(大丈夫さ。少しずつ思い出す。君のことも、君の目的もね)――何それ?私のこと?私の目的?頭の中で木霊した声に気を取られていると、脇を抱えて抱き上げられる。「急にどうした?ボーッとして。眠くなってきたのか?」心配そうな顔が目の前いっぱいに広がって、目をぱちくりさせる。それともお腹減ったのか?と言われると、何だかそんな気がしてきて、にゃぁん、と鳴いた。「皆本にミルク貰ってくるよ」待ってろな、と頭を撫でられて、彼のデスクの上に乗せられる。――ちょっと、こんな高いところに置かれたら身動きできないじゃないの。そんな私に気付かずに、彼は部屋を出て行ってしまう。それがとても寂しくて、勇気を出してデスクから飛び降りて彼を追い掛けた。ドアが閉まるのには間に合わなくて、一人、部屋に取り残されてしまって。何とかドアを開けようとカリカリ掻いていると、キィンと力が発動してドアの向こう側の様子が手に取るように見えた。ビックリして後ろに跳ねると、彼が座っていた椅子にぶつかってカラカラと音を立てた。(これが、サイコ、メトリー?)試しにすぐそばにあった彼の椅子に触れてみると彼が私を治療してくれていた様子が透視み取れて。驚いて自分の手を見つめていると、ガチャリとドアが音を立てて、彼が戻ってきたことを知らせた。「おまたせ、しほ。ミルクだぞ」ことん、と目の前にミルクの入ったお皿が置かれる。彼はその前にしゃがみこんで、私がミルクのお皿にロを付けるのを今か今かと期待した目で見ていて。恐る恐る、ぴちゃぴちゃとミルクを舐めてみると、彼はとても嬉しそうに微笑んだ。「良かったぁ。飲まなかったらどうしようかと思ったよ」お皿に入ったミルクを半分以上残したところで、彼に近付いて前足で彼の足に触れる。『もうお腹いっぱいだわ』何となくの感覚で思念を伝えてみると、彼は驚いた表情でこちらを見た。「しほ、サイコメトリー使えるのか?」『たまたま使えたからやってみたの。これで合っている?』「ああ、しほの言いたいこと、伝わってるよ」彼が私を大きな手で抱き上げた。腕に包み込むように抱かれて、ほっとした安心感に包まれる。ずっとこの腕に抱かれていたい、そう思うくらい心地いい。「しほ、これからよろしくな。」頭を撫でられながら、彼の笑顔を見上げる。彼がキラキラ眩しく見えて、目を細めて彼に触れる。『あなたのこと、何て呼べばいいの?』「俺?そうだなぁ…賢木?修二?何か違うな…」ぶつぶつと考え込んでしまった彼から流れ込んでくる思念は意外なほどに真面目に呼び名を考えてくれているもので。その中からひとつ選んでこちらからも思念を送る。『センセイ?はどう?』「…うん、やっぱそれが落ち着くわ」ニッと笑って私の頭を撫でるセンセイ。自分でも驚くほどしっくりとくる呼び名に、ふと、頭に記憶が浮上する。――そうだ、私、貴方を探してた。どうしてかはわからない。でも、センセイを探していたことは間違いなくて。暖かい腕の中で、貴方に再び出会えたことを感謝した。

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