あのね、明日になったらね

皆が集まるときに使われるサロンに到着すると、私達が最後だったょうで、兵部少佐がちらりとこちらを見て笑った。「これで全員揃ったね。さぁ、始めようか」不二子さん、と壁に取り付けられたモニターに向かって言うと、ヴヴ、とノィズが掛かっていた映像が鮮明になって、蕾見管理官が映し出された。毎週の定期報告と変わらない筈なのに、何故か私の勘が囁いて、緊張感が高まっていく。先に来ていた薫ちゃんもそうなのか、私たちの側へ寄ってきて、ぎゅっと手を繋ぎあった。「事態が事態だから単刀直入に報告するわ」いつもなら、挨拶や世間話を交えて話し出す管理官が、少し焦った、そして真剣な表情でこちらを見ている。「薫ちゃん、紫穂ちゃん、葵ちゃん、そして、松風くん。難しいかもしれないけれど、落ち着いて聞いてね」そこまで言って、管理官は一度息を吐いた。私達を名指しするということは、私達に関わる何かがあった、もしくは何かが起こるかもしれない、ということを暗示していて。耳が痛くなってくるくらい、管理官の言葉を待つ間が緊張で張り詰めていく。「バベルの予知部がとんでもないものを叩き出してくれたわ」「さっさと話せよ、姉さん」「わかってる、少し待ってちょうだい。」しん、とした空気に二人のやり取りが響く。管理官がもう一度ふっと息を吐いて、すっとこちらを見遣った。「皆、落ち着いて聞いて」ザァ、と船が波を切る音がいやに響いている。ごくり、と誰かが息を飲み込んだ。たった一瞬の間なのに、永遠に感じるほどの長い時間に思えて。私は思わず、薰ちゃんと葵ちゃんの手をきゅっと握り返した。「賢木くんが、皆本くんに撃たれて死亡する未来が、予知されたわ」ひゅっ、と私の喉が引き付ける音が耳に届く。ピリッとした緊張感がその場を支配していって。「へぇ、あのヤブ医者、死ぬのか」ピリピリとした空気を物ともせずに、兵部少佐がのんびりとした言葉を発する。「まだ予知よ、死ぬと決まったわけじゃないわ」「予知の確率は?」「それが…正確な数値が出ないの。もっと正確に言うと、その予知を弾き出す度、毎回確率の値が変動して出るのよ」「へぇ、変わった予知だね」「それに、今回は場面の画像しか解析できないの。映像化された予知が存在しないのよ」「へぇ…死ぬことは間違いないけど、どういう形で死ぬことになるのかわからない、ってことか?」「…そうとも取れるけど、ほぼ全ての予知で、賢木くんが皆本くんに撃たれているのは間違いないわ」淡々と話を進めていく二人に私達のほぼ全員が、二人の話を聞くだけの状態になっている。それは、賢木先生の死亡が予知されたからなのか、皆本さんが賢木先生を撃つという予知がされたからなのか、どちらにしても、予知が告げる事実が衝撃的過ぎて、誰も何も言えなくなってしまっているのは間違いなくて。私も、自分でも面白いくらいに、身体が固まってしまっていた。こんな時、一番冷静であるべきのサイコメトラーが取り乱すなんて、と頭の中で客観的に自分を見つめる部分も残っているけれど、大部分は予知の衝撃に支配されてしまっている。そんな中、薫ちゃんがすっと一歩前に出て、俯いた顔を真っ直ぐに上げてから叫んだ。「み、皆本が、賢木先生を撃つなんて、嘘だ!」ぎゅっと手を強く握り込んで、薫ちゃんは力強く立っている。どんな気持ちでそこに立っているのか、私には、私達にはわかる。「そ、そや、いくらあないなってしもた皆本はんでも、賢木先生を撃つなんてせぇへんやろ」黙り込んでいた葵ちゃんも、薫ちゃんの言葉にハッとしたのか、私の隣で毅然と答えていて。――じゃあ私は?二人の気持ちはわかる。わかりすぎるほどにわかっている。私も同じ気持ちでいる。でも、私は知っている。知りすぎるほどに、知ってしまつている。人は驚くほどに簡単に、人を裏切ることを。「わからないわよ」「えっ?」薫ちゃんが、小さな声で眩いた私にバッと振り返る。「今の皆本さんが、何をどぅ考えているかなんて、わからないわ」「…そんな、こと」「邪魔になった先生を消すことなんて、厭わないかもしれない」「紫穂ッ!アンタ何言うんやッ!」葵ちゃんがガッと私の肩を掴んで、私の顔を覗き込んだ。葵ちゃんの険しい表情が、目の前いっぱいに広がる。肩に触れた手から、怒りにも似た、動揺した感情が流れてきて。私だって皆本さんのことを信じたい。でも、こんなことになってしまった以上、私は二人のように、心底皆本さんを信じ切ることができない。だって、皆本さんも。あの、皆本さんですら、所詮は人なのだ。「へぇ、女帝はそう予測するんだね?」睨み合う勢いの私達に割って入るように、兵部少佐が声を掛けてくる。ゆっくりと近付いてきて、葵ちゃんの腕を取った。「今は言い合いをしている場合じゃないよ、女神。女王」「…京介」「今、僕らに必要なのは、どうすれば予知が覆るかを考えることだ」そうだね、不二子さん、と兵部少佐が軽やかにモニターへ向かって振り返る。「そうよ…とは言っても、これ以上の情報が何もないから、どうしようもないとも言えるけれど」「ただ、指をくわえて待ってるだけってのも、僕ららしくないね」「ええ、そうね」「予知の日取りはいつなんだい?」「今日からだいたい二週間後よ。これも不確定なの」ごめんなさい、と不二子さんが憔悴した表情で告げる。バベルの予知セクションが弾き出した答えなのだ。ならばきっと全力で他の手を使っても、同じ予知が繰り返されるんだろう。「よし、じゃあそれまで足掻いてやろうじゃないか」兵部少佐の一声で、パンドラのメンバーはパッと気持ちを切り替えたのがわかる。管理官も、よろしく頼むわよ、とだけ言って通信回線を切った。取り残されてしまっているのは私達だけ。薫ちゃんや葵ちゃんがまだ皆本さんを信じたいのはわかる。でも私は、そんなに甘くはなれない。松風くんと悠理ちゃんは、私達の様子をそっと側で見守っていた。「さて、作戦を立てようじゃないか」私達に向かって振り返った少佐が、カツカツと靴音を鳴らしながら近付いてくる。「まぁ、現状、バベルの手助けなんてものは当然ないだろうけど、何かプランはあるかい?松風」顔だけを松風くんに向けた兵部少佐の言葉に、皆の意識が松風くんへと集中する。松風くんは少し考え込んでから、ゆっくりと兵部少佐に向き合った。「…僕が立てた作戦上、賢木先生を失うのは何としても回避しなければならないと思う。でも、今回の場合、問題はその方法だ。」隔離されている環境の中で起きる出来事に介入して予知を覆す方法。それを私達は考えなければならない。「…一番簡単な方法は、直接介入だろうけど、難しいと思う。」ふむ、と考え込む仕草を取る兵部少佐に倣って、松風くんも一緒に頭を抱えている。既に、皆本さんの組織に潜入する際に直接介入の手段を取ってしまっている以上、同じ手段はもう取れないと思っていい。先生の死を回避できる何かいい案はないものかと頭を捻らなければならないのに、私の頭はどうしても先生の顔がちらついて、考えることに集中できない。「あ、あの…」すっと手を上げて、悠理ちゃんが一歩前に出た。「ヒュプノを使えば、もう一度、直接介入も可能ではないでしょうか?」おずおず、といった様子で発言する悠理ちゃんに、皆の視線が集まっていく。確かに、悠理ちゃんのヒュプノであれば、恐らく誰しもを騙すことは可能だと思う。ただ、問題はそのシナリオだ。「…古典的かもしれないけれど、動物とか、別のものになりきって懐に入り込むのならアリかもしれない」考え込んでいた松風くんが、悠理ちゃんの考えに乗っかるように意見を述べた。確かにアリかもしれない作戦だけれど、それだと少し不安が残ってしまう。「でも、向こうにはスケアクロウがいるのよ?並大抵のことじや、気付かれる可能性もあるわ」「…それなら、実体をアバターにするっていうのはどうだぃ?」どこかにいただろ?そんな能力者が、と兵部少佐が不敵な笑みで返した。要は、兵部少佐と悠理ちゃんの力で、実在の動物に憑依する形でヒュプノを掛けてしまえば、二重三重のヒュプノとなって、スケアクロウの目を誤魔化せるのではないか、ということだ。確かに、それなら成功確率は上がるかもしれない。「じやあ、あとは誰が潜入するか、ね」「何を言ってる?君しかいないだろう、女帝」「…はぁ?私?」どうして?と問い掛ける前に、既に皆が私を見ていて。その場にいるほぼ全員が、当然私が潜るものだとでも言いたそうな顔をしていた。「賢木先生の危機なんだよ?紫穂が行かなきゃ誰が行くの?」薫ちゃんが、さも当然とでも言うように私に向かって疑問を投げ掛ける。葵ちゃんも同じ思いのようで、不思議そうな顔で私を見ていた。二人には、もう先程までの動揺の色はなくなっていた。「な、なんで私が賢木先生の危機に駆け付けなきゃいけないの?それに私よりも他に潜入に向いてる人はいるはずよ」思ったよりも、声が上擦ってしまう。――どうして、私がこんなに動揺しているの?殆ど、死んでこいに近しい内容の言葉をぶつけた相手が、本当に死ぬかもしれない状況だから?それとも、皆本さんが信頼しているはずの先生のことを撃ち殺すから?「現場の状況がわからない以上、サィコメトラーの三宮が潜入するのは妥当だと思う。」場の空気を変えるようなタィミングで、松風くんが私に向かって言った。冷静な頭で考えればわかることなのに、それを素直に受け入れられない自分がいて。――どうして、私は先生のことが絡むとこんなにも冷静でいられなくなるの?「僕も女帝が適任だと思うよ。理由は別だけどね」何かを含ませたような笑みを浮かべて、兵部少佐が私を見る。「その理由は何?教えてくれないなら納得できないわ」反抗的に兵部少佐を睨み返すと、アハハと高らかに笑って返答した。「姉さんの言葉を借りることになるけれど…愛の力、ってやつかな?」「何それ?」「その理論でいくと、君が適任ってことさ」「…わけわかんない」兵部少佐の哲学じみた解答に、ぎりりと奥歯を噛む何故、愛の力が出てくるのか。そして何故、私なのか。意味不明過ぎて、腹立たしい。それに、愛の力だというのなら。「そんなよくわからない理論で説明するのなら、薰ちゃんだって適任のはずよ」「どうしてだい?」「薫ちゃんなら、皆本さんを止められるかもしれない」「確かにね。でも今のアイツ相手だと難しいだろうな。それに、未来の再現になってしまう確率も高い」だから女王は今回の潜入任務には不適任だ、と兵部少佐は続けた。言われて、ぐっと押し黙る。薫ちゃんを危険に晒すなんて、絶対に避けなければならないのに。そこまで思い至らなかった自分が、如何に冷静さを失っているかを思い知らされているようで。「とにかく、今回の潜入は女帝が適任だ。皆、異論ないね?」他の皆も私が適任だと思っているのか、誰からも反論の声は出ない。私は反論しようにも、上手く言葉が出てこなくて押し黙ることしかできない。そんな私を見て、薫ちゃんが真っ直ぐな目で私を見つめた。「きっと、今行かなきゃ後悔するよ。紫穂」薫ちゃんの言葉は酷く重くて。いつもみたいに軽く返すことが出来ずにいると、葵ちやんも私の手を握って言った。「薫の言う通りや。絶対後悔するで」二人ともに後悔する、と言われて、心臓がドキリとする。何を後悔するって言うの?――私が行かなきや、そんなにも大変なことになるって言うの?「賢木先生に、会えなくなっちゃうかもしれないんだよ?」「そやで、紫穂。賢木先生を送り出せたんは、戻ってくるって信じとったからちゃうの?」葵ちゃんの言葉に、ハッとして唇を噛んだ。――葵ちゃんの指摘の通りかもしれない。賢木先生なら、皆本さんを連れて、きっと戻ってきてくれると、信じていた。「…でも、私に何ができるって言うの?皆本さんが先生を撃つ瞬間にそれを回避しろっていうの?」そんなの、ぴったりと二人に張り付きでもしていない限り、不可能だ。今からウィザードに潜入して、そこまでの立場を作り上げるなんて、二週間程度じゃできるわけがない。「…いや、意外と簡単かもしれない。」松風くんが、何か閃いたのか眼鏡の位置を直しながら、言った。「動物になりきるんだ。それなら、怪しまれることなく二人に近付くことができる。」「…そんなの…無茶があるわ」「そうでもないさ。」僕の力を使えばね、と兵部少佐が私に向かって近付いてくる。「女帝、僕が魔法を掛けてあげよう。」「なに?魔法?」「抵抗しようなんて思うなよ。君はこれから」猫になるんだ、と言われていたときにはもう、意識が遠のいていて。少佐が何か言っているけれど、朧気にしか聞き取れなくて、薫ちゃんや葵ちゃんが私の名前を呼んでいたような気がした。

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