「で?なんで俺まで手錠掛けられてんの?」ECMがフルパワーで作動する部屋の中心に、私は座らされている。椅子を与えてくれたのは、血を失ってフラフラになっている私への皆本さんなりの気遣いだろぅ。そんなところは変わらないのに、変わってしまった皆本さんがもどかしくて、唇を噛んだ。「賢木と紫穂が繋がってないと証明できない限り、その手錠は外せないよ」私とは離れた位置で立たされている先生は、不満そうに皆本さんを見ている。ドロシーはちょぅど私達の中間に位置する場所に鎮座していて。ECMが効いているとはいえ、皆本さんが物を介して会話することだってできる高レベ ルのサイコメトラー同士の私達を警戒しているのがわかって、流石だな、と妙に感心してしまった。「先生は何も知らないわよ。私達が勝手にやったことだから。」「その証拠は?」「先生は何にも知らないでしょ?先生はあくまで皆本さんのサポートをするためにここにいるんだもの」「そんなの、幾らでも口先で言えることだ。何の証明にもならない。」皆本さんが厳しい目線を私に向けてくる。「なら、その、ドロシーって子に透視させればいいじゃない。」できるんでしょ?と挑戦的な目をドロシーに向けてみせる。「…ドロシー、やってくれるか?」「ああ、皆本がそれで納得できるなら、幾らでもやってみせるぞ」皆本さんにお願いされたドロシーは、嬉々として立ち上がった。「どっちから先に透視ればいい?皆本」「そうだな……まぁ、この場合、賢木が本当に何も知らないか証明できなきゃ意味がない。賢木から透視んでみてくれ、ドロシー」「わかった。賢木からだな」たたたっと子供らしい軽快な足取りでドロシーは先生に近付いていく。先生がうんざりした顔でドロシーに向かって手を差し出しているところを見ると、これまでにも何度かこうして潔白を証明するためにスキャンされてきたのだろう。キィンと力の発動する音がして、先生が顔をしかめる。高レベルエスパーに深層まで潜られる感覚は、確かに心地いいものではない。「…賢木はいつもと変わらんぞ。まぁ、今の状況に混乱はしているようだが」「何も知らないってことだな?」「そう見て間違いないと思う」「だから何も知らねぇって言ってんだろ!いい加減信用しろよ!」ふむ、と考え込んだ皆本さんが、ちらりと私を見る。その視線に答えるように、にこり、と笑ってみせた。「言ってるでしょ?先生は何も知らないし、私達が勝手に予知を回避するために行動したことよ」皆本さんは眉を寄せて、そのままドロシーに向かって私の透視を指示する。ドロシーが私の前にとととっとやってきて、キィンと力を発動させた。私はそれを笑顔で受け入れてみせる。「お手柔らかにお願いするわ」きっと私の正体はバレるだろぅ。私のエスパーの勘が、この子のレベルの高さに警鐘を鳴らしている。それでも、負けたと思うのが嫌で、ドロシーから目を逸らさずに笑ってみせた。「…驚いた。こいつ、しほだ!」その声に、その場にいた全員が、驚いて私を見る。「え?しほって、あの猫のしほのことか?」「…そうだ、間違いない。こいつ、人間に見えるけど、猫だ」「ちょっと待て、どういうことだ?」「…兵部と悠理の力で、猫に憑依している、三宮紫穂だ。催眠が複雑に絡み合っている。本人にも催眠が掛けられている痕跡があるから、こいつ自身も、ついさっきまで、自分を猫だと思っていたらしい」あーあ、バレちゃった、と思いながら、先生をちらりと見ると、信じられないといった表情で私を見ている。「紫穂ちゃんが、あの、しほってことか?」先生は、そう眩いてから、顔をじわじわと赤くして口元を覆った。そりゃそうょね。知らないとはいえ、猫の私と一緒に生活して、いろいろしたり、いろいろ暴露しちゃったりしたものね。私も同じ気持ちを一瞬だけど味わったわ、それどころじゃなかったからほんの一瞬だけど。「正解よ、ドロシー。兵部少佐の力で、私はついさっきまで自分が三宮紫穂であることも忘れてた。先生が皆本さんに殺されるって予知は、数日前に思い出してたんだけど、猫の自分に何ができるか考えているうちに今日が来て、少佐の力を借りて人間に戻ったってところよ」無事、私の任務は果たせたわ、と皆本さんに笑いかける。「こいつの言っていることに嘘はないぞ、皆本」「…そうか」ドロシーの言葉に、やっと私達を信用する気になったのか、皆本さんは表情を和らげる。でも、それは一瞬で、すぐに険しい表情で私を見返した。「それにしても、うまく潜り込んだな。賢木の隙をついて。狙ってたのか?」「わからないわ。その辺は少佐あたりがやったんじゃないかしら。」私、気付いたら猫だったんだもの、と眩く。皆本さんはそれに納得したのか、しかめ面で賢木先生に近付いて手錠を外した。手錠から解放された先生は、手首を撫ぜながら私を見ている。「皆本、紫穂ちゃんの手錠も外してやれよ」まだ貧血の治療が残ってる、と先生が皆本さんに打診するけれど、皆本さんは有無を言わせない勢いで首を横に振った。「治療なら、手錠を掛けたままでもできるだろう?それとも何か問題あるのか?」「…まだ疑ってんのかよ…わかったよ、俺の力だけで治療すりゃいいんだろ?」紫穂ちゃんの力借りた方が早ぇのに、と文句を言いながらも先生は私に近付いてくる。「ドロシー、二人を見張ってろ」「わかった。皆本」もう何も疑う余地はないだろうに、皆本さんは全力で私たちを警戒してくる。先生が私の前にしゃがみ込んで、手錠に繋がれた私の両手を包み込むように優しく撫でた。ドロシーは、皆本さんに命令された通りに私達を一歩離れたところでスキャンしながら見張っている。「貧血の治療はどうしてもちょっと気持ち悪くなんだけど、勘弁な」「…大丈夫よ」先生が、優しい笑顔で私を見つめる。――私、ずっと前から、この顔が好きだったんだわ。きゅんとなる胸を抑えながら、先生の手を握り返す。私はもう、この、先生の与えてくれる優しくて甘い感触を知っている。私に向けてじやなかったとしても、猫の私を愛してくれた先生を、私は知ってしまっている。暖かい力が手を通して伝わってきて、また、涙が零れそうになったけど、何とか誤魔化して目をきゅっと瞑った。『先生が、好きよ。猫になって、わかったの』この思念は、きっと伝わらない。ECMで力を無効化されてしまっている私には、この想いを伝える術がない。目の前にいるのに、飛び込むことができない切なさに胸が苦しくなる。無邪気な猫でいられた、たった数日間が、ひどく恋しい。素直に気持ちを伝えることが、どんなに尊いことなだったのか、身をもって知ってしまった。――どうして、私は、自分の気持ちに素直になれなかったんだろう。もう二度と会えないかもしれなかったのに、自分の気持ちにそっぽを向いていられたんだろう。――私は、本当に馬鹿だった。皆のおかげで、こうしてまた先生と会うことができたけれど、結局、私からの気持ちは伝えられないまま、きっと終わりを迎える。ねぇ、薫ちゃん、葵ちゃん。二人とも、今行かなきゃ後悔すると私に言ってくれたけど、もう遅かったみたい。悲しくて、切なくて、胸が痛い。結局後悔してしまっている自分が辛くなって、先生の手をもう一度きゅっと掴んだ。『大丈夫』『…え?』『大丈夫、ちゃんと伝わってるよ』蕩けるような甘い笑顔で私に笑い掛ける先生に、遂に耐え切れなくなった涙がぽろりと零れた。『好きだよ、紫穂』先生の短い思念を指先が拾う。きっと、もう、治療は済んでいるかもしれない。なのに、指先からどんどん暖かいものが伝わってきて。賢木先生の思念が、指先から全身へと広がっていく。じわじわと広がる先生の気持ちを感じながら、この時だけは、自分がサイコメトラーであることを感謝せずにはいられなかった。「俺のために、危険を冒して、ここまで来てくれてありがとな」先生が、そっと、繋いだ手を離す。そのまま、私の頭を愛おしむように撫でて、ゆっくりと立ち上がった。「皆本、こいつら、えっと…デキてるのか?」私達を指差して、ドロシーが皆本さんに言った。「一体どこでそんな言葉を覚えたんたドロシー…いや、それよりも、今、サイコメトリーでそんな会話をしてたのか?」「ああ。好きだよ、紫穂、って言ってた」ぶふっと先生が噴き出す。さっき自分が言った言葉をドロシーに繰り返されて、先生は焦っている。皆本さんは呆れ顔で私と先生を見比べている。「やっぱりな。君たち、怪しいと思ってたんだよ」「いや!自覚したのはここ数日のことで!デキてない!むしろ今のがちゃんとした告白っつーか!いや、何言ってんだ俺!」焦る先生を尻目に、皆本さんとドロシーを見つめる。次の展開は読めている。あとは覚悟を決めるだけだ。「そんな目をしてるってことは、紫穂、君はわかってるんだね。この後、自分がどうなるのか。」「ええ、そのつもりよ。皆本さん」皆本さんに向かって、不敵に笑ってみせる。そんな私を見て、皆本さんも穏やかに笑ってみせた。「やっぱり、紫穂は薫や葵よりも冷酷だね。自分に待ち受ける展開が読めている。そして、そんな時でも全く動じない。」「褒め言葉として受け取っておくわ。」笑顔を崩さずに、皆本さんを睨み返す。先生は、状況を理解できていないのか、眉を顰めて私達を見比べていて。「その前に一言だけ良いかしら?」「遺言かい?いいよ、聞いてあげるさ」遺言、という言葉に、先生がハッと驚いた顔で皆本さんを見た。「おい、皆本。どういうことだ」顔を青くして皆本さんに問い掛ける先生を無視して、皆本さんはホルスターに仕舞われていた拳銃を賢木先生に押し付ける。皆本さんのその行動を見て、ふっと笑ってから口を開いた。「全力で掛かってきなさい。私達も全力で相手してあげるわ。」「言われなくても、そのつもりだ。」「ドロシーは、私達が倒してみせる」そして、皆本さんも、先生も、柏木さんも、皆みんな取り戻す。私達が、あんな未来を覆してみせる。「ドロシーは、強いよ。君達の想像以上にね」皆本さんがくすり、と笑ってみせた。その姿に、心の奥ではぎりりと奥歯を噛み締めながら、一番の笑顔で笑い返す。「それでも。私達は絶対に負けないわ。それが、チルドレンだから」「流石だね、紫穂。いや、禁断の女帝。その自信に感服するよ」皆本さんは、いつまで経っても拳銃を受け取らない先生の手を取って、無理矢理それを握らせる。それを見て、くっと目を閉じてから、しっかりと前を見据えた。「さぁ、早く。一思いにやってちょうだい」先生に向かって、優しく微笑む。先生は、信じられない、とでも言いたげに、顔を真っ青にして私と皆本さんを見比べていた。「み、皆本?俺、ちょっと意味がわかんねぇ」拳銃を握らされた手を見つめながら、先生はカタカタと手を震わせている。そんな先生の手を、大事なものでも触るような手付きで包み込みながら、皆本さんは賢木先生の耳元で眩いた。「君が、あの紫穂を始末するんだ。賢木」先生が、驚愕の表情で固まって、ゆっくりと皆本さんを見る。皆本さんは、再び穏やかに笑って先生の頬を撫でた。「賢木…君はもうこちら側の人間だ。僕と一緒に、手を汚してもらうよ。」「おまえッ!」目を見開いた先生が抵抗しようと腕を振り上げたのを、皆本さんはいとも簡単に掴んで止めてみせる。そのまま先生の手を取って、挙銃を構えさせて先生を私に向き直させた。「さぁ、撃つんだ。賢木」先生に囁きかける皆本さんは、本当に穏やかに笑っていて。そこにいる皆本さんはもう、本当に、私達の知っている皆本さんではないことを思い知らされる。私は、まだ青い顔をしている先生を安心させるように、笑いかけた。「大丈夫よ、先生。実体の猫が死ぬだけで、私が死ぬわけじゃないわ」「…」「先生には辛い思いをさせるけど、またきっと会えるから」だから、早く撃ってちようだい、と目を瞑る。黙り込んでしまった先生には申し訳ないけれど、先生が撃たないと、きっと、皆本さんは先生にもっと酷いことをする。――だから、お願い。早く、私を殺して。「君が撃てないというのなら、ドロシーの力を借りるかい?」「おい、皆本ッ!やめろッ!」皆本さんが先生から手を離すと、ドロシーが先生に向けて手を掲げる。力なく構えられていた拳銃の安全装置がカチリと外されて、先生の指が引き金に掛かる。 先生の震える指が、カチカチと金属音を立てていて。「やめろ、止めてくれ!皆本ッ!」「君も、僕と同じところまで堕ちておいでよ。賢木」先生の耳元で、皆本さんが甘く誘惑する。先生は必死に抵抗しようと指に力を入れているけれど、レベルの差が抵抗を無意味なものにしてしまう。かちり、と引き金に指が触れる音がした。「バイバイ、先生。また会う日まで」やっぱり最期は先生の顔を見ていたくて、閉じていた目を開けて、にっこりと笑ぅ。先生が、そんな私を見て眉をしかめる。それをしっかりと目に焼き付けて、頷いた。――バカね、最期くらい笑いなさいょ。タァン、と乾いた音が部屋に響いた。
あのね、明日になったらね



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