「え!?それって賢木先生のライバル登場ってことじゃん!?」「そうなるなぁ。ついに先生に恋敵が現れたかぁ…」はぁー、と深々溜め息を吐いて、うーんと唸った二人は私の真正面で難しい顔をしている。バベルの食堂で先日の出来事をポツポツと掻い摘んで報告したら、薫ちゃんも葵ちゃんも複雑な顔で天を仰いだ。「賢木先生も、のんびり構えとるから横恋慕くんなんか登場してまうんやで」「そそ!ガーッといってペロっと頂いちゃえばいいんだよ!」「……その、ペロっと頂かれちゃうのは私の事かしら?薫ちゃん?」「あ!や、今のは言葉の綾っていうか…ともかく!その先輩ってどんな人なの?」「そやそや!それめっちゃ気になる!」さっきまでの複雑な表情をキラキラした好奇心満点の顔に変えて、二人が迫ってくる。問われてみて、はた、と気付いた。そういえば、私、飯塚先輩のこと、よく知らない。「…どんな人って言われても。爽やか風のイケメンってくらいしかわからないわ」「イケメンなん?しかも爽やかなん?賢木先生とは真逆っぽいタイプやん!」「今は知らないってことは、これから知っていって恋に発展するってこともアリなんじゃん!」うっひゃー、と二人が顔を突き合わせて盛り上がっているのを若干引きながら見守る。三角関係だ!と大騒ぎしている二人を冷めた目で見ながら、そんなのは有り得ない、と心の中で呟いた。だって、私が好きなのは。だから、横槍を入れられたって、気持ちが変わるわけがない。いくら応えることが出来ていないからと言っても、この気持ちが変わってしまうことなんてない。ただ、あの強引な先輩のことだ。これからも、学内で迫ってくることは多々あるだろう。どう対処していけばいいのかしら、と考えていると、ふ、とテーブルに影が差した。「ヤなこと言わないでくれよ、薫ちゃん。俺、ただでさえ不安の真っ只中なんだから」トレイを持った先生が、皆本さんと一緒に私達が座っていたテーブルの側に立っている。眉を寄せ口をへの字にして困っていることを表情に出している先生は続けて言った。「紫穂ちゃん横から掻っ攫われたらどうしようって、俺、今必死よ?妄想でも恋が発展するとか言わねぇで欲しいわ」隣、いいか?と聞きながら、先生が私の隣に座る。皆本さんは薫ちゃんの隣に座って、ゆったりしたテーブルに人がひしめき合った。「ちょっと、狭いんだけど」「そういう冷たいこと言うなよ。今はマジで傷つくから」眉をハの字にして私を見る先生は、何だかんだ言って元気そうで。トレイに乗せられた定食を、いただきますと食べ始めた。「ねぇねぇ。先生!飯塚先輩って先生の目から見てもカッコイイの?」「こら!薫!賢木の不安を煽るようなことを言うな!」皆本さんも定食を食べながら、身を乗り出している薫ちゃんを止めようと箸を置いて肩を押さえている。先生はその様子を苦笑いしながら見守っていて。「まぁ、顔は悪くねぇよな。爽やか系イケメンってヤツ?テニスとかしてそう」「へぇー!高評価!」「まぁな。でも誰が来ても負けねぇよ」にっと笑う先生は本当に様になっていた。そこまで言われて嬉しくない訳はなくて。自然と顔が綻ぶ。「だよねぇ。先生が黙って紫穂を取られちゃうなんて想像もつかないもん!」「せやなぁ。ま、紫穂が心変わりしてもたら、話は別なんやろけど」「葵ちゃん…それ、刺さるから、やめて…」「二人とも、あまり賢木をからかうなよ」ニヤニヤと先生をいじめている二人に苦笑して、ふぅ、と溜め息を吐く。心変わりなんて、あるわけがないと思いながら、あの強引さにはどう対処したものかと頭を抱えていると、定食を食べ終えた先生が、私の方を見てひそりと告げた。「まぁでも、アイツには充分警戒しろよ」「…わかってる。でも、同じ授業だってあるし、限界があるわ」「そこなんだよなぁ…なぁ、皆本、公的に携帯可能な武器って何かねぇの?」「…いくらなんでも警戒が過剰なんじゃないか?」皆本さんは訝しげな顔で先生を見ながらも、先生の真剣な表情に圧されて少し考える素振りを見せた。「それでも、やっぱり大袈裟じゃないか?相手は普通人だろ?」「でも、紫穂ちゃんは女の子で、相手は男だ」「確かにそうだけど…」「せんせー?ちょっと嫉妬が過ぎるんじゃなーい?」「せやせやー。男の嫉妬は醜いでー?」「ばッ!そんなんじゃねぇよ!」否定するともっと怪しいよ、と二人に指摘されて、先生はぐっと押し黙ってしまう。私も、そこまではちょっとやりすぎなんじゃないかとは思いながら、それでもあの強引さにはちょっとした牽制も必要なのかもしれないと思う。「特務で使うワイヤーガンとか、ダメかしら」「普通人相手にそれは駄目だろ。普通に催涙スプレーとか防犯ベルじゃ駄目なのか?」「…護身用っつったら、その辺が限界か。後で何かいいのあったら渡すわ」トレイを持って立ち上がった先生がそっと私の頭を撫でてから皆本さんと共に去っていく。あまりに自然な動作に素直に受け入れてしまったけれど、薫ちゃんと葵ちゃんの前だということを忘れていて。二人の視線を感じてカッと頬が熱くなった。「もういい加減付き合うたらええのに」「ホントホント!どっからどう見ても空気が彼氏と彼女なんだもん!」「そ、そんなことないわよ」「いやいや、もう充分その域に達してるで」「そーそー!カレカノ通り越してもう夫婦!みないな」ねー、と顔を見合わせる二人から赤くなった頬を隠すように俯く。「…私たちももう行きましょ」逃げるように立ち上がると、ニヤニヤとしながらも二人とも立ち上がって私の横に回った。両腕を二人に取られて歩いていく。食堂から出て、廊下を歩き始めたところで、紫穂!と後ろから声を掛けられた。振り返ると先生が走ってこちらに向かっていて。ちょっとごめんね、と二人に謝ってから歩いて先生に近付くと。「間に合って良かった」肩で息をしながら、ふ、と笑う先生と目が合った。その優しい色にきゅんとして、思わず胸を押さえる。「コレ、持ってて」差し出されたのは小さな筒。先生の手のひらに収まるくらいの大きさで、私が持つには少し無骨なデザインのもの。先生が私の手を取って手のひらに乗せると、軽くはないけど重くもない程度の感触がした。「コレ、俺が使ってるワイヤーガンなんだけど、スタンガンとしても使えるから。」「え」「肌身離さず携帯しとけよ」これがスイッチな、と簡単に使い方を説明して、先生は私から手を離す。マジで気を付けろよ、とまた走って去っていった先生の後ろ姿を見送って、手のひらに乗せられた小型のワイヤーガンを見る。使い込まれた跡のあるそれは、やっぱり私の手には少し大きくて。軽く握ってみるとよく馴染んだ持ち手部分がしっくりと手にフィットした。スタンガンとかやっぱり大袈裟かも、と思いながらも、脅すにはちょうどいいかもしれない。透視してみると、先生の歴戦の記憶が読み取れて。胸にきゅッと抱き締めると、やっぱり少し、ドキドキした。「紫穂ー!置いてくよー?」「待って薫ちゃん!今行くわ!」先生から借りたモノを鞄に閉まってから、二人の待つ方へと駆け出した。
イエローマゼンダ・シンドローム



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