「紫穂ちゃん、こっちこっち!」ホワイトデー。恋人になって、初めてのデート。というか、デートそのものが初めての俺たち。紫帆の実家に行ったときの待ち合わせとは訳が違う。「…おまたせ」「さっき着いたとこだよ」春が近付いてきたとはいえ、まだ少し肌寒い。ふわふわのウールのロングカーディガンに包まれた紫穂はとびきり可愛い。「今日も可愛いね」「…恥ずかしいから止めて」「んー?でもホントに可愛いから」浮かれている自覚はある。でも、手に入らないかもしれないと思っていた紫穂が、思わぬ形で手に入ったんだ。これで浮かれないわけがない。車を止めている場所へ向かおうと、紫穂に手を差し出す。紫穂は戸惑いながらもおずおずと手を差し伸べてくる。その手を優しく掴んでから、手の感触を確かめるように指を絡める。「…いちいち恥ずかしいから、ホント、やめて」「ちょっとずつ慣れるって。今から慣れていこーぜ」きゅっと手を握る力を強めて、紫穂を伴って歩き出す。照れているのか、頬が赤い紫穂。それでも、返事をするかのように手を握り返してくれるのが嬉しくて。「ホワイトデーと卒業祝いも含めて、プレゼントがあるんだけど、いつ渡そうか?」「…いつでも、いいわよ。」そっけない紫穂に、ふっと笑みを溢す。壁際に寄って、紫穂が周りから見えないように壁側に立たせる。コートの胸ポケットに入れていたケースから、プレゼントを取り出す。「気に入ってくれると嬉しいんだけど」「…ネックレス?」「これなら高校の制服でも隠れるかと思って」小さなクロスのペンダントトップ。中央にさりげないダイヤが付いていて、チェーンもペンダントトップも、紫穂の肌に馴染む色をと思って敢えてシルバーにした。付けていい?と聞くと、うん、と小さく頷いてくれる。正面から、そっと首へと手を廻して、髪に引っ掛けないように気を付けながら、ネックレスを着ける。グッと近付いたお互いの距離。体温さえも感じることができそうな距離にドキドキしながら、首元の髪を優しく払って、耳許にそっと、息を吹き掛ける。「…似合ってる」顔を赤くしながら、俯いてしまった紫穂が、掠れるような小さな声でありがとう、と呟く。「気に入ってくれた?」「…前にも言ったじゃない。」「ん?」「先生がくれるものなら、なんだって嬉しい」一年前に、俺にキッカケをくれた言葉。それを、紫穂から再び聞いて、きゅん、と胸が苦しくなる。「そっか…ありがとな、紫穂」「…別に」「毎日着けてくれると嬉しいんだけど」「…気が向いたらね」いつも通りの、照れ隠しの言葉の応酬を続けながら、紫帆の手に指を絡める。今度は自然と繋ぐことができた手に、何だか嬉しくなる。こうやって、少しずつ慣れていって、距離を縮めていけるといい。再びゆっくりと車へと歩みを進めながら、ふと思い出したことを口にする。「あ、そうだ。これからは基本、サイコメトリー禁止な」「?…どうして?」「やっぱり、生のコミュニケーションあってのお付き合いだと思うんだ」「…この前潜ったこと、根に持ってるの?」「…それもあるけどさ、やっぱり、言葉で伝えあうのって、イイモンよ?」少し納得いかなそうな紫穂に苦笑しながら、ふと思い付いて、歩みを止める。不思議そうにこちらを見つめてくる紫穂に、ぐっと距離を詰めて耳許に口を寄せる。キスできそうな距離で、そっと囁いた。「…好きだよ、紫穂」言った途端に、カッと火がついたように肌を赤く染めた紫穂に満足して、元の距離に戻って笑い掛ける。「な、いいだろ?」「いっ、いちいちがエロいのよ!」大体、生のコミュニケーションっていう単語が厭らしいわ!と俯きながら叫ぶ紫穂ちゃんを宥めながら、また車に向かって歩き出す。「じゃあ、先生はいやらしいの禁止ね!」「…紫穂ちゃんのいやらしいってドコまで?」「ッ!全部ッ!」「え!そりゃねぇよっ!」車が見えてきたところで、紫穂ちゃんが手を振り切って走り出す。それを追い掛けながら、キーの遠隔操作でロックを外した。車は男の個室だってこと、紫穂は知ってるんだろうか?「車に乗るのは?」「?足だから便利じゃない、問題ないわ」「…そっか」多分、幼いからとかそういうんじゃなくて、まだ、本当に知識としてそういう知識がないんだろう。これからひとつひとつ、俺が探りながら、教えていくことになるんだろうな、と気付いて、その堪らない状況に思わずにやけてしまう。「…またいやらしいこと考えてたでしょう!」「…男はいやらしいもんなの」お付き合いを始めて、変わったようで変わらない距離感。でも確実に、お互い探り合ってコミュニケーションを取っていた頃とは違って、明らかに色付いている。紫穂ちゃんを助手席に座らせてから、俺も運転席へと急ぐ。シートベルトを締めようと座席を調整していると、固まっている紫穂が目に入る。「どした?シートベルト締めたくない?」一瞬考える素振りを見せた紫穂が、ちょいちょい、と指先で俺を呼ぶ。ん?とシートベルトを外して近寄ると、ぐいっと耳を引っ張られた。「いって!痛い!紫穂、何する」「私も好きよ、センセ」言い終わったら満足したのか、パッと手を離して紫穂はシートベルトを締め始めた。でも、その頬は赤い。ああ、何て幸せなんだろう。こんなのがこれからずっと続くのか。やっぱりにやけてしまう顔を何とか引き締めて、シートベルトを締め直す。ハンドルを握ってエンジンを吹かした。「さぁ、出発しようか」紫穂との未来はきっと、輝いている。
三年目のバレンタイン



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