17歳の保健体育

レッスンレッスンヘッドセットの設定は済んだ。あとは通話を始めるだけ。さっきからずっとドキドキと胸は弾んでいる。柄にもなく緊張しているんだと自覚して、自分を落ち着かせるように深呼吸を重ねた。それでも鼓動は鎮まる気配を見せてはくれない。もうすぐ、約束の時間が来てしまう。そわつく自分を何とか抑えつけながら、携帯とにらめっこを続けた。音もなく、画面に表示される時計が約束の時間を指し示す。そわそわする自分を抑えられずに、思わず携帯を手に取ってメッセージアプリを起動した。忙しいなら別日でいいのよ、と打ってみる。一瞬考え直してから全部消して、無理そうならまた今度に、と入力し直した。これも違う、ともう一度全部消してしまって、通話しても大丈夫? と入力した途端、ブルブルと端末が手の中で震えだした。慌てて通話ボタンをスワイプして、ヘッドセットのマイク位置を調節する。「ッ、はいッ! もしもしッ!」「紫穂ちゃん? ゴメン、待たせた?」「まッ、待ってなんかッ、ないッ!」余裕そうな先生の声に思わず叫ぶ。予想よりも大きく出てしまった声に思わず口を押さえて周囲の気配を探った。大丈夫。誰にも聞かれていない。「今、一人なんだろ? もう準備出来てたりする?」「……じゅ、準備って何? 部屋に一人で居たけれど、何もしてないわ」「や、もう服脱いでたりすんのかなって」「そッ、そんなわけないでしょ! ちゃんと服着てるわよ!!!」「なんだ、残念」先生の本当に残念そうな声が耳許で聞こえる。こっちは緊張でどうにかなってしまいそうなのに! バカバカバカ! と口を引き結んで心の中で叫んだ。「……そっちこそ、準備万端なの?」「俺? 俺は今帰ってきたトコだったから、着替えも済んでねぇかな。取り敢えず時間だったから電話した」「……忙しいなら、別にいいのに」「それとこれとは別! 仕事も大事だけど、紫穂との時間も大事!」臆せず先生はそういうことを口にする。いつまで経ってもそれに慣れなくて、ドキドキさせられてばかりだ。お互い、いつ、どこで呼び出しがあるかわからないから、二人の時間は本当に貴重で。でも、こういうことをするためとなると、途端に気が引けてしまう自分がいる。「取り敢えず、着替えていいか? 部屋着になるわ」「……うん、待ってる」「愛してるよ」ちゅ、とマイク越しに耳許にキスをされて、頬に熱が集中する。がさごそと布ずれの音が聞こえて、電話の向こう側で先生が着替えている様子が伝わってきた。ふわふわした気持ちでその音を聞いていると、何だか先生の着替えを覗き見しているような気分になってくる。そんなはずないのに、と自分に言い聞かせながらも、無言の状態が耐えきれなくて思わず声を上げてしまった。「ね、ねぇ! センセイ!」「なに? どした?」「何か喋って!」「は?」「いいから!」「……ひょっとして……想像しちゃった? 俺の裸」「ちっ、ちがッ」電話越しなのに、先生がニヤリと笑ったのが解って、思わず顔を両手で覆う。触れた頬が熱くて熱くて堪らない。「紫穂チャンやらしーんだ?」「や、やだッ」「かーわい。俺、今裸だし、何ならこのまま居よっか?」「ふ、服、着なさいよ!」「えー? これから脱ぐかもしんないし? 別にいいよ、このままで」耳許で響くいつもよりも甘い声に、どんどん気分がおかしくなってくる。触れてもないのに身体中が熱くて堪らない。「なぁ? 紫穂は今どんな格好してるんだ?」甘く蕩けるような声で先生は囁くように私の耳許に吹き込む。ヘッドセットのせいか、いつもよりもぐんと近い声の距離に、身体の表面を這うような何とも言えない感覚で身体中がもぞもぞしてくる。「別に、普通の……部屋着よ」「どんな服?」「フリルのTシャツと、ショートパンツ」自分の身体を見下ろしながら、出来るだけ平静を装って答える。先生は、ふぅんと答えてから、何処かに座ったのか、マイクの後ろでギッ、と何かの物音が聞こえた。「……緊張、してる?」先生がしんとした空気の中で、ひそり、と呟いた。ひゅ、と息を呑んでそっと目を瞑る。「……緊張、してるわ。すごく。ドキドキもしてる」息を吐くように答えながら、赤くなった頬を押さえた。どくどくと鳴っている心臓が耳許で鳴っているようで、とにかく煩い。「……俺も、緊張してるから」先生の優しい声が、耳に届いて。それがほんの少し緊張を解いてくれて、ほっと息を吐いた。「先生も、緊張してるの?」「当たり前だろ? 俺だって緊張くらいする」ぽつり、と恥ずかしそうに呟いた先生に、緊張で縮こまっていた胸がきゅんと疼く。「電話でこういうことすんの初めてだし、そもそも紫穂と一緒にこういうことすんのも初めてだし。俺だって緊張してんだよ」ぶつぶつと言い訳をするように呟く先生は、またギッと音を立てて身体を寛がせた気配が伝わってくる。その気配にふと気になって首を傾げた。「センセ、今どこにいるの?」「ん? 寝室だけど?」じゃあこの音はベッドのスプリングの音ね、と妙に納得して目を閉じる。見たことがない先生の寝室に想像力が膨らんで、瞼の裏に部屋の風景が見えてくるようだ。「……先生は……こういうこと、する時……いつも……ベッドで、するの?」「いや? 後処理が面倒だから風呂場かな」「……今日も、お風呂場、行く?」「今日は行かねぇよ。携帯水没させるとマズイし」「じゃ、じゃあ……どこで……す、るの?」「寝室だけど?」先生の、秘密の部屋。そこでこれから始まる、ふたりだけの秘密。それを想像するだけでもう、頭が爆発しそうだった。「……紫穂ちゃん」「ナ、なぁに?」「今日は無理しなくていいからな」「え?」「初めてだし、うまくできなくて当たり前。だから、無理にテンション上げなくていいから」今日はこうして喋ってるだけでもいいんだぜ? と先生は優しい声で続ける。「こうやってエロいこと喋ってるだけでもだいぶ進歩だろ」どうやら頑張っていろいろ先生に聞き出そうとしていたことがバレてしまっていたらしい。暗にそれを指摘されてしまったことも、いろいろとバレてしまっていることも恥ずかしくて、わなわなと唇を震わせる。「で、でも! だって……折角、なんだし。ど、どうすればいいかわからないし、緊張してるし、何喋ればいいかわかんないし!」「ハイハイ、ストップ、ストーップ! 取り敢えず落ち着こう。何も最初からフルスロットルじゃなくてもいいんだ。ちょっと気持ちよくなれたら万々歳、くらいの気持ちでな。気楽に行こーぜ。お互い初めてなんだし」クスクスという先生の笑い声が聞こえる。そんな先生の余裕そうな声にぎゅっと胸が痛んだ。こんな時、手慣れている先生の余裕が憎らしい。不慣れな私一人が空回りしてるみたいで、恥ずかしくて堪らない。「で、でも……は、はじめが肝心って言うじゃない……」何とか勇気を振り絞って先生に告げた。きっと、このままお喋りしているだけじゃ、何にも進展しない。寧ろ、後退してしまうかもしれない。折角、先生との関係を一歩踏み出せるかもしれないタイミングなのに、無理矢理でも前に進まなきゃ、きっと、きっと。「あー……紫穂ちゃん? マジで考え過ぎは良くないよ? こういうのはもっと気楽に……」「き、気楽になんてできないくらい緊張してるのよッ!」わぁー! と叫び出したくなるような気持ちを抑えきれずに電話越しに叫ぶ。「わかってる。わかってるよ。取り敢えず落ち着け。な。落ち着いて」マイクにちゅ、ちゅ、とキスを落とす音が耳に響いた。その余りに熱っぽい音に、ふるり、と身体が震える。気を緩めると声が漏れてしまいそうで、思わず口を押さえた。「……声、我慢しなくていいんだぜ?」熱さを感じる吐息と共に呟かれた言葉に、この前先生の部屋でした行為を思い出してしまって、ずくりと腰に響く。「でも……だって……」「電話なんだから、黙ってちゃわかんねぇじゃん。その気なんだったらもっとエロい声聞かせてよ」「ッ! エロい声、とか言わないでッ!」先生の方がよっぽどエロい声してるわ! と叫びそうになるけれど、何とか食い止める。ぎゅう、と自分の身体を抱き締めると、まるで先生に抱き締められているような感覚に陥って。

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