「なぁ」通い慣れたいつものカフェのいつもと同じ席。お気に入りのフォンダンショコラのとろける中身も綺麗に残さず食べ終えて、美味しくて香りの良い紅茶でスイーツの余韻を味わっている時だった。カチャ、とコーヒーカップをソーサーに戻した先生は、ごくごく自然な表情で私を見つめている。何だろう、と思いながら小首を傾げると、先生はほんの少し真剣な表情を浮かべて口を開いた。「君の二十歳の誕生日に……欲しいものが、あるんだけど」落ち着いた声でそう告げた先生に、一瞬ポカンとしてしまう。先生の言葉の意味をしっかりと咀嚼し終えてから、ん? と眉を顰めた。「……はぁ? 欲しいもの? 私にプレゼントくれるんじゃなくて?」「……それはもうたんまり今日買ってやっただろ? まだ欲しいモンあんのかよ? まぁ別に買ってやるけどさ……じゃなくて。俺が欲しいもの。聞いてくれるか?」むぅ、と唇を尖らせながら、隣の椅子に載せた沢山の紙袋にチラリと視線を移す。今日は朝から二人でお出掛けして、新しいワンピースも、それに合わせる靴も、アクセサリーも買ってもらって、オマケに新色のグロスに、気になっていたアイシャドウまで買ってもらった。全部自分で買えるものばかりだったけれど、誕生日なんだしプレゼントしてやるよ、という先生に乗せられて、思い切って購入を決めたものもいくつかある。今日一緒に選んでくれたワンピースのフルコーディネートは、今度の私の誕生日パーティーで着るつもりだ。確かに、充分過ぎるくらいプレゼントは貰っているな、と思い直しながら先生に視線を戻すと、先生は思い切ったように口を開いた。「……君の誕生日に……君が欲しい、って言ったら……どうする?」少しだけ目を細めてじっと私を見つめている先生の表情は、まるで感情を表に出すまいとしているようで。その表情からは言葉の真意が読み取れない。こんなの熱烈な愛の告白みたいだ、と思いながら、そんなの有り得るわけがない、と自分に言い聞かせて先生に問い返した。「……どうする、って……どういう、こと?」きゅっと眉を寄せて、意味がわからない、と先生を見つめる。すると先生は軽く溜め息を吐いて、ゆっくりと目を閉じてから、もう一度、私をじっと見つめ返した。「いい加減、俺たちの関係に名前を付けないか」そっと、慎重に言葉を紡いだ先生は、普段見せないような真剣な表情で私を見ている。先生と視線が絡んで身動きが取れない。さっきまでとは違う、少しだけ熱を孕んだ目が私を掴んで、きゅっと胸を焦がした。「俺と……正式に付き合わないか?」急に、今ここにいるのが二人だけになったみたいに空気がシンとして、ひゅっと息を呑む。じっと私を見つめてくる先生の視線が、私を見透かそうとしているようでそわそわする。そんなわけない、そんなわけない、と何度も繰り返しながら、それってそういう意味なの? と、期待してしまう自分を何とか落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。「先生、は……」「うん?」「……私のこと、妹か何かみたいに、思ってるんだと、思ってたわ」それか、生意気だけど可愛い後輩、と自分の心のなかでだけ呟いて、そっと顔を俯ける。正式に付き合う、だなんて。そんな言い方をされたら、私のこと、ちゃんと女の子として見てる、って言われてるみたいだ。「君こそ……俺のコト、都合のいい男って思ってるだろ?」困ったように笑う先生は、眉を下げて溜め息を吐くようにそう告げた。「……都合いい、なんて……そんな」「いいんだけどな。君になら。俺はどこまでも都合よく振り回される」クスリと笑って肩を竦めてみせた先生は、キシ、と背凭れに身体を預けた。台詞だけ聞けばカッコ悪い男でしかないのに、その風貌がそうさせないのが恨めしい。どこまでも格好いい男なのが悔しくて、唇を尖らせながら呟いた。「……私が断ったら……先生どうするの」先生はどうせ私だけじゃない、他にもアテはあるはずだ。ここでノーと言えば、先生はきっと他の人のところに行ってしまう。そんなのは嫌だ。私だけじゃないのにそんなこと言う先生も嫌だし、断れば他へ行ってしまうような身軽さでそんなことを言われるのも嫌だ。きゅうと締め付けて苦しい胸を誤魔化しながらチラリと先生を盗み見ると、愛おしいものを見るような視線とかち合って、思わず頬が赤らんだ。「君はどうなのか知らねぇケド。俺はもう、長いこと君一筋だから。これからもずっと、君の都合のいい男さ」自嘲するように顔をくしゃくしゃにして笑った先生は、指先でコーヒーカップの持ち手を撫でながら、表情を消して俯いた。「……それが、答えか?」「え?」「……俺とは……付き合えない、ってコトだろ?」じっとコーヒーカップを見つめながら、先生は重々しく呟いた。それにパッと顔を上げて眉を顰める。「そんなこと言ってないわ」「え」「浮気したら許さない」「は?」「今すぐ他は全部切って! 私だけじゃなきゃ許さない!」「……それって」ぽかんとしている先生からそっと顔を背けて赤い顔を隠した。「……先生となら……付き合ってあげても、いい、わよ」かぁぁ、とますます顔が赤くなっていく気がする。ぼそぼそと歯切れ悪い言い方になってしまったのも戴けない。先生みたいに、もっとスマートに言えたらいいのに。どうしてうまくいかないのかしら、とむくれながら横目で先生を窺うと、何とも言えない複雑な顔で眉を寄せている先生がこちらを見ていた。「……ナニよ」精一杯不機嫌を装って不貞腐れた声で呟くと、先生は嬉しそうに表情を崩してくしゃくしゃの笑顔を浮かべた。「……すげー嬉しい……断られたら、どうしようって」思ってたから、と先生は表情を隠すように顔を覆ってしまう。嬉しい、ともう一度呟いた先生はくしゃくしゃの顔のまま、ひらりとカフェの伝票を取って立ち上がった。「まだ欲しいものあるんだろ? そろそろ行こうか」隠しきれないくらい嬉しそうな口元を伝票でそっと隠した先生が、山ほどあるショッパーを肩に掛けた。肩に掛からない分は手に持って、先生は私が支度を調えるのをにこにこしながら待ってくれている。いつもと何も変わらないのに、何だか少し自分たちに流れる空気が変わったような気がして、そわそわと落ち着かない。「……もう充分買い物したわ。今日は帰りましょ」どんな表情を浮かべればいいのかわからないまま、先生の隣を抜けてカフェのお会計へと向かった。
紫穂ちゃんの初めて記念日


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