三年目のバレンタイン

「紫穂ちゃん! こっちこっち!」待ちに待ったホワイトデー。そして、恋人になって、初めてのデート。何より、ふたりきりのデートそのものが初めての俺たち。紫穂ちゃんの実家へ挨拶に行ったときの待ち合わせとは訳が違う。「……おまたせ。待たせちゃった?」「いいや? さっき着いたとこだよ」春が近付いてきたとはいえ、まだ少し肌寒い。ふわふわのウールのロングカーディガンに包まれた紫穂ちゃんはとびきり可愛かった。「今日も可愛いな」「……恥ずかしいからやめてよ」「んー? でもホントに可愛いから」ふわふわと浮かれている自覚はある。でも、もう手に入らないかもしれないとまで思った紫穂ちゃんが、思わぬ形で手に入ったんだ。これで浮かれないわけがない。車を止めている場所へ向かおうと、紫穂ちゃんに手を差し出す。紫穂ちゃんは戸惑いながらもおずおずと手を差し伸べてきた。その手を優しく掴んでから、手の感触を確かめるように指を絡める。「……いちいち恥ずかしいから。ホント、やめて」顔を赤くして手のひらで覆いながら俯いてしまった紫穂ちゃんはやっぱり可愛くて、自然と顔が綻んだ。「ちょっとずつ慣れるって。今から慣れていこーぜ」きゅっと手を握る力を強めて、紫穂ちゃんを伴って歩き出す。不貞腐れたように眉を寄せているけれど、返事をするかのように手を握り返してくれるのが嬉しくて。にこにこと笑顔が零れてしまうのはもう仕方ないことだった。「ホワイトデーと卒業祝いも含めて、プレゼントがあるんだけど、いつ渡そうか?」「……別に。いつでも、いいわよ」ぷい、とそっけない紫穂ちゃんに、ニコリと微笑む。紫穂ちゃんの手を引いて、道の邪魔にならないよう壁際に寄ってから、紫穂ちゃんが周りから見えないように壁側に立たせる。ちらりと俺を見上げた紫穂ちゃんにもう一度微笑んでから、コートの内ポケットに手を突っ込んでプレゼントを取り出した。「気に入ってくれると嬉しいんだけど」「……ネックレス?」「これなら、高校の制服でも隠れるかと思って」小さなクロスのペンダントトップ。中央にさりげなくダイヤが埋められていて、ずっと着けていてほしいから、チェーンもペンダントトップも、本当はよく似合うだろうゴールドではなく、敢えて紫穂の肌によく馴染むシルバーにした。付けていい? と問いかけると、うん、と小さく頷いてくれて。正面からそっと首へ手を廻して、紫穂の柔らかくてふわふわの髪にチェーンを引っ掛けないように気を付けながら、丁寧にネックレスのフックを止めた。初めて、と言ってもいい、グッと近付いた二人の距離。お互いの体温さえも感じることができそうな距離感にドキドキしながら、首元の髪を優しく払って、耳許にそっと息を吹きかけるように囁いた。「……似合ってる」離れる時に指先でそろりと紫穂ちゃんの耳を撫でると、きゅっと目を閉じて俯いてしまう。ほんのりと頬を染めた紫穂ちゃんが、指先で俺の服の裾を掴んで。掠れるような小さな声で、ありがとう、と呟いた。そんな愛らしい姿にきゅんと胸が高鳴って、思わず頬を指先で撫でてしまう。「気に入ってくれた?」「……前にも言ったじゃない」「ん?」「先生がくれるものなら……なんだって嬉しい」一年前に、俺にキッカケをくれた言葉を紫穂ちゃんが改めて口にする。今にも零れそうな大きな瞳に見つめられて、ぎゅっと胸が苦しくなった。「そっか……ありがとな、紫穂ちゃん」「……別に」「毎日着けてくれると嬉しいんだけど」「……気が向いたらね」いつも通りの、照れ隠しの言葉の応酬を続けながら、紫穂ちゃんの手に指を絡める。今度は自然と繋ぐことができた手が何だか嬉しくて。こうやって、少しずつ触れ合いに慣れたりお互いの境界を探ったりして、もっと距離を縮めていけるといい。再びゆっくりと車へ歩みを進めながら、ふと思い出したことを口にする。「あ、そうだ。これからは基本、サイコメトリー禁止な」「……え? どうして?」「やっぱりさー。生のコミュニケーションあってのお付き合いだと思うんだ」「……この前潜ったこと、根に持ってるの?」「……それもあるけど……やっぱり、言葉で伝え合うのって、イイモンだぞ?」少し不満そうな紫穂ちゃんに苦笑しながら、そうだな、と歩みを止めて考える。不思議そうにこちらを見上げてくる紫穂ちゃんに笑いながら、またぐっと距離を詰めて耳許に口を寄せる。今にもキスできそうな距離で、そっと囁いた。「……好きだよ、紫穂」言った途端にカッと火がついたように肌を赤く染めた紫穂ちゃんに満足して、ゆっくりと顔を離しながら笑いかけた。「……な? いいだろ?」ニヤリと口角を上げながら続けると、キッと眉を吊り上げた紫穂ちゃんが上目遣いに俺を睨み付けた。「いっ、いちいちがエロいのよ!」大体、生のコミュニケーションっていう単語がいやらしいわ! と俯きながら叫ぶ紫穂ちゃんを宥めながら、また車に向かって歩き出す。「エロいって……まぁ、否定はしねぇけど」うーん、と首の後ろを撫でながら顔を顰めると、パッと閃いたように紫穂ちゃんが俺に向かって指を差した。「じゃあ、先生はいやらしいの禁止ね!」「……えっとー……紫穂ちゃんのいやらしい、ってドコまで?」「ッ! 全部ッ!」「え! そりゃねぇよっ!」ちょうど車が見えてきた辺りで、紫穂ちゃんが俺の手を振り払って走り出した。それを駆け足で追い掛けながら、遠隔操作で車のロックを外す。いやらしいの全部、と言うけれど、車は男の個室だってこと、紫穂ちゃんは知ってるんだろうか?「……車に乗るのは?」「……え? 足だから便利じゃない。問題ないわ」「……お、おぉ。そっか」多分、幼いからとかそういうんじゃなくて、まだ、本当に知識としてそういう情報がないんだろう。これからひとつひとつ、俺が探りながら、教えていくことになるんだろうな、と気付いて、その堪らない状況に思わずにやけてしまう。「……またいやらしいこと考えてたでしょう!」「……男はいやらしいモンなの」お付き合いを始めて、変わったようで変わらない距離感。でも確実に、お互い探り合いながらコミュニケーションを取っていた頃とは違って、鮮やかに景色が色付いてきている。助手席のドアを開けて紫穂ちゃんを座らせてから、俺も運転席へと急ぐ。シートベルトを締めてエンジンを掛けようと車を操作していると、カチコチに固まっている紫穂ちゃんが目に入った。「……どうかしたか? 座席狭い?」俺が普段使いしているセダンの4シーターは皆本の車とそう広さは変わらないはずだ。紫穂ちゃんはイイトコのお嬢さんだからもっと助手席の広い車に乗り慣れているんだろうか。車の買い換えを考えるか? と眉を寄せていると、一瞬考える素振りを見せた紫穂が、ちょいちょい、と指先で俺を呼んだ。ん? とシートベルトを外して近寄ると、ぐいっと耳を引っ張られた。「いって! 痛い! 紫穂ちゃん、何する」「私も好きよ。センセ」言い終わったら満足したのか、パッと手を離して紫穂ちゃんはシートベルトを締め始めた。でも、その頬はほんのり赤い。ああ、何て幸せなんだろう。こんなのがこれからずっと続くのか。やっぱりにやけてしまう顔を何とか引き締めて、シートベルトを締め直した。気合いを入れてチェンジレバーとハンドルに手を掛ける。「さぁ、出発しようか」君と一緒に歩いていく、これからの世界。未来はきっと輝いている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました