そう、これはたとえばの話。

変な奴が現れたな、と思った。純粋に俺に興味がある、といって俺に近付いてきたソイツは、皆本光一と名乗った。毎日毎日飽きもせずに俺のところに通い詰めて、挙げ句の果てには俺のリミッターまで作ってくれると言い出して。お人好しにも程があるんじゃねぇの、と言いたくなるくらい、皆本はまっすぐに俺と向き合ってくれていた。友だちなんて久しく居なかった俺は、同世代の、しかも同じ日本人の友だちに少なからず浮かれてた。なのに。「なんだよ……友だちになりたいって言ったのはお前じゃねぇかよ……」ぱたり、と顔を見せなくなった皆本に、俺は文句を垂れていた。いつも皆本から声を掛けてきてくれていたから、それが急になくなってしまって寂しいと思うのは普通なこと、だと思う。毎日のように顔を合わせていたのに、それがなくなってから今日で三日目。そろそろ自身の空いた時間の使い道に悩む頃合いだ。自分から訪ねて行けばいい話だけど、リミッターの調子もいいから、リミッターの調整を頼むという理由は使えない。他に何かいい理由はねぇかな、と窓の外をぼんやり眺めていると、トントンと肩を叩かれた。「どうしたのシュージ? 元気なさそうね」「あぁ、マリア」振り返るとそこには心配そうな顔をしたマリアが立っていた。そんなマリアを誤魔化すようにニカリと笑ってみせるとマリアは困ったように肩を竦めてみせた。「シュージ! 笑って誤魔化すの、日本人の悪い癖よ!」「あー……わりぃわりぃ。いやさ、皆本どうしてんのかなって思ってさ」「何? コーイチと会ってないの?」「うん……なんか顔見せてくんなくて」ぽつり、と呟くと、マリアはクスリと笑って側にあった椅子に腰掛けた。「寂しいなら会いに行けばいいじゃない。友だちなんでしょ?」至極当然のことを言われて、はたと気付く。そうか、自分たちは友だちなんだから会うのに理由は要らないはずだ。どうしてそんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。今まで皆本がまるで犬みたいに尻尾振って俺のトコロへ寄ってきてくれたから。自分から皆本に会いに行くというのは変な感じがして、会うための理由を作らないと会いに行ってはいけないような気がしていた。「そうだな。ちょっと顔見てくるわ」「いってらっしゃい。シュージ」マリアの後押しもあって、俺は軽い気持ちで皆本のラボへと向かった。この時間なら皆本はあそこに籠もっているはずだ。三日前まではいつも一緒にいた時間だから、多分、間違いないはず。軽快に階段を上がっていって、皆本のラボの扉を軽くノックする。中から応対の声が聞こえて、カラリと扉を開けると、いつも雑然としていた部屋が更に雑然として、一つの山みたいなものが出来上がっていた。「おーい……皆本ー? いるかー?」様変わりしてしまっている部屋に向かって恐る恐る声を掛けると、ガタン! バサバサッと何かが散らばる音が耳に届いた。「皆本? いるんだろ? 顔見せろよ」こっちからじゃどこにいるかわかんねぇ、と叫ぶと、皆本がゆらりと山の中から顔を出して。まるで幽霊みたいなその姿に、小さく、ヒッ、と声を上げてしまったのは仕方がない。だってそんな風に驚いてしまうくらい、皆本はどんよりとした空気を纏っていて、俺が知っている皆本とは掛け離れた姿をしていた。「お、おい……お前、大丈夫かよ?」「……大丈夫、ですよ」「全然大丈夫っていう風には見えねぇけど……?」「……ちょっと……研究が忙しくて」つい、とそっぽを向いてしまった皆本に違和感を抱きながらも、確かに根を詰めて研究に勤しんでいそうな雰囲気は読み取れた。「顔見ねぇから心配して来たんだ。忙しいならいいんだ。また連絡くれよ」「……わかりました」ぼそり、と呟いてまた山の中へ消えてしまった皆本の邪魔をしないように、そっと部屋を退室する。音を立てないように扉を閉めて、来たときは軽快だった道をトボトボと帰っていく。忙しいと言われてしまったら仕方がない。元々研究畑の人間なんだし、合間合間の時間を費やして、俺のリミッターを作ってくれたりしていたんだから、その分自分の研究が回らなくなって俺に構っている暇がなくなってしまったとしても頷ける。でも何だろう、この感じ。ずっと遊んでた奴に放っておかれて、ぽっかりと穴が開いてしまったような。「おかえり、シュージ。その顔はミナモトに会えなかったのかい?」「クリス……いや、違うんだ。会えたんだけどさ」「なら、どうしてそんな寂しそうな顔しているの? シュージ?」マリアに言われて、はたと気付く。そうか、俺は寂しかったのか。折角できた友だちに構ってもらえなくて寂しいなんて、どんだけ子どもなんだよ。自分にちょっとだけ呆れながら苦笑いをして返事をする。「皆本、忙しいんだって。顔は見れたけど、ちょっと喋っただけで帰ってきたんだ」肩を竦めて二人に笑いかけると、二人とも何故かお腹を抱えて大笑いしはじめた。「なんだよ! 何かそんな笑うこと言ったか?!」ヒーヒーとお腹を抱えている二人を睨み付けると、マリアが目尻に浮かぶ涙を拭いながら息も絶え絶えに答えた。「だって……あなたたち、本当に仲良しなのね」「はぁ?」「友だちにちょっと会えないくらいで寂しいなんて、大袈裟だわ」マリアの指摘にどきりとして身体を硬直させる。そんなに、変なこと、だろうか。「君たち、毎日会ってただろう? もう友だちって言うより親友じゃないか?」「……親、友」クリスの言葉が、俺の耳を擽っていく。むず痒さを伴ったその言葉に、かぁ、と頬が熱くなるのを感じた。「そっか……親友、か……」自分はずっと独りなんだろうと思っていたのに、国を離れて、こんなところでかけがえのない親友に出会えるなんて、誰が予想しただろう。人間関係が枯渇していた俺にまさか親友ができるなんて、自分でも考えていなかった。初めの出会いはとんでもないものだったけど、今はもう会えなければ寂しいと思うくらいになっている、皆本という存在。皆本がこれから自分にとってどれだけ大きな存在になるのかなんて、俺はこの時わかっちゃいなかった。「そっか……俺にも親友って呼べる存在ができたんだなぁ」ぼそり、と呟いた俺に、マリアとクリスがまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。

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