「賢木さん、試作のリミッターの調子はどうです?」このカフェテリアで待ち合わせをするのも、もうすっかり習慣になってきた。いつもお決まりのランチセットを頼んでから、賢木さんに声を掛ける。「超良い! めっちゃ調子いいよ! 試作でこんな調子いいんだったら、完成品はもっとヤバいんじゃねーの?」「いや……あとは微細な調整だけですから、そんなに変化ないと思います……」「そーかぁ? でもマジで調子いいよ! 頭ん中ワーッてなることもなくなったし」ホントありがとな、皆本! と言う賢木さんの表情は、以前よりも遥かに明るいものになっていて。賢木さん本来のパーソナリティを表すかのような朗らかな表情に、ほっと胸を撫で下ろす。「あとはいろいろ機能を追加して、微調整をしていくことになると思うので……完成にはもう少し時間が掛かると思うんですけど」頭の中の作業計画表を思い返しながら、ランチに手を付ける。もぐもぐと咀嚼しながら賢木さんに目を遣ると、ふっと優しい表情で笑顔を浮かべて。「ありがとな、皆本。俺も、お前に出会えて本当に良かったよ」どきりと心臓が音を立てて僕を震わせる。「……な! なっ、なんです、急に」食べたものでむせ返りそうになりながら、口元を押さえて顔を俯けた。時々こうして賢木さんはこちらがびっくりするくらい綺麗に笑ってみせるから、僕はどうしたらいいのかわからなくて戸惑ってしまう。今も何とかこの胸の内を悟られまいと必死になりながら、言葉を返した。「いや? なんか、言っておきたいなと思ってさ」小首を傾げながら告げる賢木さんは、本当に出会った頃から比べ物にならないくらい表情が柔らかくなっていて。それが僕に出会った影響であったならこの上なく嬉しいし、僕のリミッターのおかげだとしても、とても喜ばしいことで。僕が、彼の世界に少しでも影響を与えられているということが、僕はとても嬉しかった。「今日もこのあと微調整しに行くんだろ? 俺も行っていいか?」お前が作業してるの見てるだけでも楽しい、と笑う賢木さんに、また心臓がどきりと跳ねて。ここ最近の僕の心臓は何故か本当に忙しい。「いいですよ。ああいう作業って見てるだけでも楽しいですもんね」男友達として同調すると、賢木さんは笑って答えた。「男はやっぱ憧れるよな。ああいう職人技みたいなの」ニカリと歯を見せて笑っている賢木さんは、まるで少年のようで。くるくると変わる表情が、見ていてひどく愛おしい。この人と友達になれて本当によかった、と心からそう思う。親密になればなるほど、本当はどこか少しだけ違和感を抱いてはいるけれど、友達になれて良かったと思うのは間違いなかった。「じゃあ、行きましょうか」二人してトレイを返却口に返しながら、研究室へと向かう。賢木さんと連れ立って歩きながら、いろいろな話をして研究室に籠もるのは、もうここ最近の定番になりつつある。リミッターの微調整をしながら、細かな設計を話しつつ、賢木さんと打ち合わせを進めていった。「やっぱブレスレット型がいいかなと思うんだ。このペンダント、リミッターとして機能しなくても、首から提げときたいんだよ」「それなら確かに、ブレスレットにした方がいいかもしれませんね。何かの不具合が起きて、干渉し合わないとは言えませんし」「だろ?」カチャカチャとリミッターを弄りながら微調整を済ませて、元通り紐を取り付ける。試作の段階で、たまたまブレスレット型にしたのが賢木さんはとても気に入ったらしい。アクセサリー型がいい、という賢木さんの要望に合わせて考案したモノだったけれど、紐を革紐に変えたくらいで、デザイン面の変更は特に無かった。彼の手首にあっても違和感のないようなものを、と一生懸命考えて作ったものを気に入ってもらえるのはとても心地がいい。試作を一番初めに見せた時に凄く喜んでもらえたのは、今でも時々くすぐったい気持ちにさせられるくらい、よく覚えている。「はい。ひとまず今日の作業は終わりです」「おっけー。ありがとな!」パッと賢木さんは自分の手首を差し出して、僕にリミッターを着けるように促した。僕はいつも、賢木さんのその仕草に少しだけドキドキしながら、彼の手首にそっとリミッターを巻き付ける。柔らかい羽根に触るように、優しく彼の手首に触れるこの瞬間は、何度経験しても慣れない。指先に感じる、賢木さんの体温が何だかとてもむず痒くて。「……はい、できましたよ」彼は、この瞬間、僕が声を震わせないように必死になっているのを、知っているんだろうか。僕が異常なくらいに緊張しながら、賢木さんの手に触れているのを、知っているんだろうか。ふ、と息を吐いて緊張を誤魔化しながら、賢木さんに笑いかける。「サンキュ」賢木さんは綺麗に笑って手首のリミッターに触れる。その仕草は本当に嬉しそうで、僕はいつも勘違いしてしまいそうだった。何を、なのかは明確に答えを出せたことはない。僕はいつも、賢木さんの笑顔に惹きつけられて目が離せなくなるのを、必死になってブレーキを掛けて踏み止まっていた。「あ。お前この後時間ある? お茶でも行こうぜ」「時間はありますけど……いつものカフェテリアですか?」机の上を片付けながら、賢木さんに向き直ると、賢木さんはニッと悪戯っぽく笑ってみせて小首を傾げた。「いんや。いつもと違うトコ」片付けて早く行こうぜ、という賢木さんに急かされて、慌てて鞄を持ってついて行くと、賢木さんは学内でも規模の大きいカフェテリアに入っていった。「え? 賢木さん! ここは……」戸惑いながら賢木さんを引き止めると、賢木さんは嬉しそうに笑って振り返った。「お前のリミッターのおかげで、人の多いとこでも平気になったんだ」今日はそれを見てもらおうと思ってさ、と賢木さんは注文口の方へ向かう。セルフスタイルの大きなカフェテリアで、大きなマフィンとコーヒーを注文した賢木さんの様子を窺いながら、自分の分の軽食とコーヒーを頼む。スタスタと人だかりの中を歩いていく賢木さんの背中を見守りながら、賢木さんの選んだテーブルにトレイを置いた。「大丈夫なんですか? 情報過多で辛くないですか?」賢木さんの様子を気遣いながら問いかけると、賢木さんは以前のような顔の青さもなく、ニカリと笑って手をひらひらと振ってみせた。「もう全然平気! ホントお前のリミッター調子いいんだよ」椅子を引いて座りながら答える賢木さんを注意深く観察しながら、僕も正面の椅子に座る。賢木さんが本当に情報の渦に飲まれていないということを、表情や雰囲気からある程度読み取れるようになっていた僕は、少しだけホッと息を吐いて肩の力を抜いた。「本当に大丈夫そうですね……でも……もしかして、リミッターを試す為にいきなり一人で人混みに突っ込んでいったんじゃないでしょうね!?」「え? そうだけど?」「アンタはッ!!! 本当にどこまで無茶苦茶なんだ! リミッターがうまく作動しなくて人混みの中で倒れでもしたらどうしてたんですッ!?」賢木さんの行動力にはいつも驚かされていたけれど、無茶と言ってもいいその行動に、思わず僕は叫んでいた。リミッターはまだ試作品。何度もテストしているから誤作動が起きるとは考えづらいけれど、何が起こるかはわからない。そんな状態で、段階を踏まずに、しかも僕のいないところでテスト運用してみるなんて、僕には考えられなかった。せめて、僕に一言声を掛けてくれていたのなら。僕は喜んで協力したし、賢木さんの為なら何だって出来た。「……なにも、いきなり人がわんさかいるトコに行ったわけじゃねぇよ? ゼミ中の雑音がぱったり無くなったから、ひょっとしたらと思ってココに来てみたんだよ。そしたら全然平気だったから……」お前に報告しようと思って、と頬を膨らませながら賢木さんは言った。その子どもみたいな態度に少しだけ呆れて、荒立った感情を何とか鎮める。「一言、僕に声を掛けてくれていれば、いくらでもテストに付き合ったし、その場でリミッターの調整だってできたのに……」前のめりになった身体を元に戻しながら呟くと、賢木さんはばりばりと頭を掻きながら不貞腐れた様子で答えた。「……わざわざそんなことでお前の時間取らせるのも申し訳ねぇなと思ったんだよ。ただでさえ俺に時間使ってくれてるのに、これ以上なんて言えねぇよ」「でも……僕は賢木さんのリミッターの設計者なんです。不具合がないかの確認くらい、させてくれたっていいじゃないですか」「だから、こうしてお前と一緒にカフェに来たんだろ? それじゃダメなのか?」そこまで言われて、はたと気付かされる。自分は一体何にこだわっているんだろう?賢木さんは僕を気遣ってくれただけだというのに。どうして、僕に相談してくれなかったことに、こんなにも固執しているんだろう。「……そうですよね。すみません」ぽつり、と何故か寂しい気持ちを誤魔化すように呟いて、軽食のサンドイッチに手をつけた。そうだ。友達なのに、気軽に相談してもらえなかったから寂しいんだ。自分にそう言い訳をして味がしないハムサンドを咀嚼する。いつものカフェテリアで、二人で喋りながら食べるランチとは違う、ざわついたカフェでの軽食は、心もざわつかせて僕を落ち着かない気分にさせた。なんだかすっきりしない心持ちを落ち着かせるように、賢木さんに向かって問い掛ける。「……で、リミッターの不具合はなさそうですか? まだ試作品だから微調整する必要があるとは思うんですけど」「特にその必要はないと思うぜ? そんぐらい調子いいもん。全然周りの雑念拾わねぇし」チャリ、と音を立てながら賢木さんは手首のリミッターを撫でた。彼の手首でそれとなく存在を主張しているそれをじっと見つめて、僕はふぅ、と息を吐いた。「……なら、良かったです。もう、ほぼほぼ完成ですね」「そうなのか? お前のことだから、もっとこだわって何かしてくれんじゃねぇの?」ニッと期待を込めて笑いかけてくる賢木さんにゆるゆると首を振って答える。「これ以上どうこだわれって言うんです? それは正真正銘、世界にたった一つの、賢木さん専用のオーダーメイドリミッターなんですよ。充分こだわって作りました」「そっか……じゃあもうお前が作業してるトコ見るのもおしまいか」賢木さんは指先でリミッターを弄びながら少し寂しげに笑ってみせた。その笑顔にドキリとして、僕は、つい、と顔を逸らす。「何度も言ってるでしょう。リミッターは日々調整して使うものなんです。完成して、はいおしまいってわけじゃないんですよ」寂しそうな賢木さんに、僕もこの大切な時間が終わってしまうのが寂しかった、だなんて口にすることはできなくて。代わりにこれからも調整という大義名分で賢木さんとの時間を共有できると伝えて、寂しいと思った気持ちに蓋をする。「そっか、それもそうだな」ニカッと子どもみたいに笑う賢木さんが愛おしくて、僕は胸が熱くなった。友達が一緒にいるのに理由はいらない。だからきっと、これからもずっと、賢木さんとは一緒にいられる。この時僕は、ふわふわとした頭でそんな風に考えていた。「シュージ! あなたもブレイクタイム?」「ご一緒してもいいかい?」「マリア! クリス! いいぜ! ついでに紹介するよ」突然現れた二人に、僕ははっと目を見開いた。「こいつが俺のリミッター作ってくれた皆本光一! 超能力研所属だ」どうぞよろしく、と伸ばされた手に戸惑いながら握手を返す。「あなたがミナモトね! 噂には聞いてるわ!」「僕もシュージからいろいろ話を聞いてるよ。天才だ、ってね」「止めろよ本人の前で! 恥ずかしいだろ!」照れくさそうに笑う賢木さんは、楽しそうに二人と軽い言い合いをしている。もう以前のような、誰も寄せ付けない雰囲気を纏った賢木さんの姿はそこにない。それもそうだ。だってこれが本来の賢木さんのパーソナリティなのだから。「皆本にも紹介するよ。ゼミ仲間のマリアとクリス。こいつらもエスパーなんだ」完全に打ち解けている様子の三人に、僕は目を見張った。なんだよ。友だち、いるじゃないか。いや、違う。賢木さんの性格で、友だちができないわけがない。それなのに、どうして、僕は、僕だけだ、なんて思っていたんだろう。曖昧に笑って返しながら、時計を確認する振りをして席を立つ。「すみません、賢木さん。僕、そろそろもう行かないと」「残念。もっとコーイチと話がしたかったのに」「まぁまぁ。また会えるさ。またゆっくり話をしよう! コーイチ」「じゃあまたな!」笑って手を振ってくれる賢木さんに曖昧に微笑んで、僕はカフェテリアを後(あと)にした。自分のラボへと向かいながら、足はだんだんと駆け足になっていく。最後には息を切らしながらラボの中へ逃げ込むように駆け込んだ。ピシャンと扉を閉めて、はぁはぁと上がる息を整えながらずるずると壁にもたれ掛かる。そのまま崩れ落ちるように座り込んで、頭を抱えた。「なんで……こんな……」どうして、僕は嫉妬なんてしているんだろう。あの二人は、ただの賢木さんの友人じゃないか。なのに、なんで。こんな見苦しい嫉妬を、僕は抱えているんだろう。「これは……これじゃあ……」この気持ちは、まるで。賢木さんを独り占めできると思っていた自分も甚だおかしいけれど、こんな気持ちを抱えている僕は、もっとおかしい。だって、この気持ちは、同性の友達に向けるような気持ちじゃないはずだ。「うそだ……そんな、僕は……」ずっとずっと感じていた違和感が、形を成して僕を呑み込んでいく。見ないようにしてきたものが、僕の手の中に落ちてきて、ついにその姿を現した。「そんな……だって、これは……」そう。だって、これは。まるで、恋じゃないか。
そう、これはたとえばの話。



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