「あ、紫穂サン?いい雰囲気のところで申し訳ないんだけど」「…なに」「それ、いつから?」「なにが?」「や、涙が止まらなくなっちゃってるの、いつからだ?」本音言うと、もっとイチャイチャしていたかった。でも、医者の性分というか、気になる症状があると、やっぱりそっちに意識がいっちまうもんで。そっと紫穂ちゃんの身体を引き離して、両手で顔を優しく包む。ぶっちゃけもうここまできたら、完全に眼科の範疇じゃねぇの?と思いながら、紫穂ちゃんの頬を撫でつつリミッターを解除する。「ちょっと透視せてな」キィン、と力を発動させる音が響く。下手な刺激にならないように、慎重に潜っていくと、涙腺は単純に間近で閃光弾の煙を喰らった影響のようで、時間が経てば回復する程度のものだった。視神経の麻痺も、だいぶ治まってきているみたいだから、俺の生体制御で何とかできるかもしれない。「涙腺は多分問題ない。時間が経てば、落ち着いてくるよ」「…ちょっと、ムードも何もないんですけど」「ごめんごめん、ちょっと気になる症状だったからさ」「…サイテー」ブスッとした様子で顔を背ける紫穂ちゃんの頬は、少し赤くて。照れ隠しみたいなもんなんだろうなと思うとついつい口許がにやけてくる。「ムード満点の方がよかった?」「そんなこと言ってない!」「じゃあこのまま治療を続けても?」「…好きにすれば」口をアヒルのように尖らせて拗ねてしまった紫穂ちゃんに、わざと音を立ててキスをする。なにするの、と手を振り上げた紫穂ちゃんの平手を笑って大人しく胸に喰らう。紫穂ちゃんが気持ちに蓋をしようとしているときは焦ったけれど、何とか蓋を抉じ開けられて本当に良かった。いつもみたいなじゃれ合いに、いとおしさが込み上げてくる。「治療してから、また続きな」「…続きなんて要らないわ」「そんなこと言うなよ」するすると柔らかい頬を堪能するように撫でて、意識を指先に集中させる。「じゃあ、治療始めるぞ」まるで繊細な外科手術でも行うように、視覚の中心部へと潜っていった。神経を整えるように生体制御の力を流していく。俺にとっては心臓外科の手術よりも遥かに難易度が高い。辛うじて麻痺も弱まっているから、俺の手探りの治療でも何とかなっているんだろう。額に脂汗が浮かぶのを感じながら、集中力を高めていく。サイコメトリーも駆使しながら、麻痺を治めていった。「…よし、多分これで終わりだ。」先生の手が顔から離れていく。あたたかいものに包まれていた頬が急に外気に晒されたようでふるり、と震えた。「大丈夫?」「ええ、でも、自分でもよくわからないわ」「まぁ、俺も眼科は専門外だから成功してるかわかんねぇ」一旦包帯を取るぞ、と先生が私の頭に手を掛ける。涙でぐしょぐしょになってしまっていたそれから開放されて、少し、気分が晴れる。完全に包帯を取り去ったあと、先生の手が、私の目許を覆った。「視界は暗いままか?」「ええ、今のところは」「ゆっくり手を外すから、明るくなったら教えてくれ」先生の熱がゆっくりと離れていく。それと同時に視界が少しずつ明るくなった。「明るくなったわ。次はどうすればいいの」「最初は眩しいと思うから、ゆっくり目を開けて。少しずつ光に目を慣らしてくれ」言われた通りにゆっくり、ゆっくりと目蓋を開けていく。眩しくて眉をしかめてしまうけれど、閃光弾の時ほどではない。じわじわと目を慣らして、パチパチと瞬きを繰り返すと、少しずつ鮮明に見えるようになってきた。「眩しいけど、何となく見えるわ」「…良かった」間近にあるのは、先生のホッとした顔。それが一番最初に視界に入った。先生が自然に私を抱き締める。「ちょっと、センセ」「…本当に、良かったッ!」ぎゅうぎゅうと抱き締められて苦しい。見えていなかった時とは違って、視界からも先生の熱を感じて、身体が火照ってくる。近い。近すぎて、心臓が破裂しそう。顔の横に先生の髪がチラチラして、密着度なんかよりも経験の無い近さにどぎまぎしてしまって。押し返そうとしても、先生は力を緩めてくれない。やっと離してくれたと思ったら、今度は顔を両手で包まれた。「…俺が見える?紫穂」「…み、えるわよ」本当に、良かった、と再び呟いた先生が、見たこと無い笑顔で笑う。その顔に、何だかホッとしてしまって、目頭があつくなってきた。「見える。見えるわ。ちゃんと先生のことが見える」恐る恐る、先生の頬に指先で触れる。愛しいものに触れるというのは、こんなにも心を満たすものなのね。先生が私の手を掴んで指先にキスを繰り返しながら、手首に巻き付けられたリミッターを一つずつ丁寧に外していく。全て外し終わってから、先生は私の手のひらを大切に包み込んでから、そっとキスをした。「超能力中枢も問題なさそうだ。」先生が私の頭を撫でながら立ち上がる。「試しに透視んでみ?」そう言われてスッと差し出された手を恐る恐る掴むと、先生から溢れんばかりの感情の波が押し寄せてきた。「な、な、な、なんてもの透視ませるのよッ!」「好きだからさ、仕方ないじゃん」満面の笑みで言った先生は、本当に清々しいくらいに私を好きだと伝えてくれていて。嬉しくなって、あつい目蓋を誤魔化すように閉じる。「…バカ」誤魔化しきれなかった滴が、頬を伝った。
ピンクグリーン・シンドローム



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