「紫穂、大丈夫?」「…私は大丈夫よ?」薫ちゃんの問い掛けに、できるだけ平気な振りをして返事をする。「大丈夫な訳ないやん。不安でしゃーないやろ、フツー…」「葵ちゃん…」私を中心にして、三人で待機室のソファに座っている。二人とも、私の腕を掴んで離れようとしない。「検査はどうだったの?」「…視神経が麻痺してるだけだって。失明はしてないみたい」「取り敢えず、不幸中の幸いってコトやろな」ひと安心やわ、という葵ちゃんの声に私もふっと息を吐く。今まで気を張り詰めていたのがわかって、肩の力を抜こうともう一度深呼吸をした。「でも、珍しいね。紫穂がこんなヘマするなんて」薫ちゃんの疑問にドキリとする。確かに、私が中身のわからない箱を開封して事故を起こす、なんて、ヘマとしか言いようがない。「中身が何なのか、透視、できなかったのよ」「それ、先生らには言うたん?」「…ええ、伝えたわ」透視できなかったのが、プロテクトが掛かっていたせいなのか、私自身の問題だったのか、は何故か言えていないけれど。とにかく、あのときは上手く透視めなかった。どうしてか、先生にそれを伝えることは憚られた。「女の人からの荷物やったんやろ?」葵ちゃんの問い掛けに、またグッと身体に力が入る。息が詰まって、返事ができない。「先生宛に届いた、女の人からの荷物で事故が起きるやなんて、先生、遂になんや逆恨みでも買うようなことしたんやろか。」「ちょっと、葵っ」「…大丈夫よ、薫ちゃん」二人は、私の気持ちを知ってくれている。知ってくれている上で、応援もしてくれている。先生の家で勉強することになったときなんかは、二人とも自分事のように進展を喜んでくれた。「今の先生に、そういう気配はない、って思ってたんだけどね…」実際のところはわからない。賢木先生だってレベルシックスだし、本気で隠そうと思えば隠しきれるかもしれない。それに、怖くて、深くまで知ろうとしなかったのは、私だ。「透視た訳じゃないから、そういう人が、居たのかも。」「…紫穂」「仕方ないよ、先生は大人だし」恋をして、私は弱くなった。薫ちゃんみたいに、強く、真っ直ぐに想うことはできなかった。葵ちゃんみたいに、キラキラと輝くこともできなかった。私は、弱くて、言い訳ばかりで、自分を傷付けてばかりいる。今だって、自分で言った言葉に傷付いて。透視ればわかってしまうからこそ、怖くて、前に進めない。私のは、恋なんかじゃなくて、きっと、もっと暗いものだ。「…なんや、でも、先生も過激な女に目ぇつけられて、大変やな」「過激?なんで?」「考えてもみぃや、何があったかは知らんけど、爆発物送り付けてくるような女やで。けったいやんか」「確かに…」薫ちゃんと葵ちゃんは、私を挟んで送り主の人物像について喋り始めた。それを聞き流しながら、私はどうして箱を開けてしまったんだろうと考えていた。普段なら、絶対にしない行為だ。あの時、私はすごくイライラしてしまって、発作的に箱を開けていた気がする。どうしてあんなにイライラしてしまったのだろう。中身が透視できなかったから?上手く力を発動させられなかったから?それとも。「あ…」「?どしたの?紫穂?」突然声を上げた私を、薫ちゃんが不思議そうに見ている。気付いてしまった。とても醜い感情に。「…わたし、嫉妬、したんだわ」思わず零れ出た呟きに、ぎゅっ、と胸が潰れそうになる。痛くて、苦しい。こんなの、知らない。「大丈夫?紫穂?」「苦しいんか?賢木先生呼ぼか?」賢木先生、という言葉に反応して、首をフルフルと横に振る。言葉が出てこない。でも、だって。嫉妬で、人は人を殺してしまうことを、私は知っている。何度も、そういう事件現場を、私自身が、透視てきたんだから。そんな感情を、私も、持っているなんて。この、渦巻く汚い感情を、先生に、知られたくなんて、ない。「…ちょっと、びっくり、しただけ、だから」薫ちゃんと葵ちゃんにも、知られたくない。どこの誰かもわからない女に嫉妬して、冷静さを失った私なんて。「紫穂、アンタ泣いてるんとちゃう?」包帯濡れてきとるで、と慌てた様子の葵ちゃんが、私の目許をそろそろと触ってくれる。先生の指とはまた違う、柔らかくて細いそれに、優しい気持ちになる。でも、私が、触れて欲しいのは、この指じゃ、ないんだわ。「…ごめんなさい、目の辺りの感覚が無くって。自分でも泣いてるのか何なのかわからないの」涙腺もバカになっちゃってるのかしら、と精一杯誤魔化す。それでも、掠れてしまった声に、薫ちゃんがぎゅっと横から抱き締めてくれる。「泣いても、いいんだよ。紫穂」薫ちゃんの声も、掠れていて。どんな表情をしているのかわからないけれど、きっと今にも泣きそうな顔をしてるのがわかる。葵ちゃんは私の手を、ぎゅっと掴んでいる。葵ちゃんも、きっと、眉を寄せて苦しそうな表情で。長く一緒に居すぎた私たちは、見えなくても、いろんなことがわかりすぎる。「薫ちゃん、葵ちゃん…」ポタリ、と雫が手の甲に落ちる。包帯を巻いているはずなのに、そこから溢れるように熱いものが零れてくる。隠しきれなくなってしまって、自分でも泣いているんだって受け入れてしまったら、どんどん目があつくなってくるのがわかる。包帯がなかったら、私の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。「醜いね、私。女の人からの荷物だってわかったら、中身が気になっちゃって。嫉妬して、冷静さを失ってたの」自嘲するように、口許を緩く曲げてみせる。だって、笑ってないと、愚かな自分が情けなくて、マトモでいられなくなりそうで。自分を見失わないように、二人の手をぎゅっと掴んだ。「だから、罰が当たったんだわ。」泣き崩れてはいけない、と気丈に二人にすがる。そんな私を二人はしっかり支えてくれている。グスリ、と隣で薫ちゃんの鼻を啜る音がして、薫ちゃんも泣いているんだと気付いた。「そんなこと、ないよ、紫穂。」薫ちゃんは私に抱き着いたまま、ぎゅうぎゅうと力を込めてくる。「好きなんだから、嫉妬する!」「え?」「私だって、同じ状況なら、絶対嫉妬する!」「そやで。そんなんでバチ当たるんやったら、うちなんか、当たりまくりやで?」いつも腹立ってバレットより先にフィギュアの箱開封したるねん、と葵ちゃんは笑いながら教えてくれる。葵ちゃんもそんなことするんだと驚いていると、二人からぎゅうっと抱き締められた。「だからな、紫穂、自分だけやなんて思わんとき」「そうそう。嫉妬なんて、私もしょっちゅうしてるもん!」皆本、誰にでも優しいからさぁ、とうんざりした声で言う薫ちゃんに、くすり、と笑みが溢れる。ごく自然と笑うことができて、少し安心してほっと息を吐いた。「むしろ、あの賢木先生が相手なんやから、嫉妬して当然やで」「そうだよ!紫穂と一緒にいるようになってからは大人しいけど、それまではただの女好きだったじゃん!」「…ちょっと、薫ちゃん、それは言い過ぎ」ぷっ、と三人で笑い出す。不安で仕方がないこの状況でのいつも通りのやり取りに、どんどん心が落ち着いてくる。先生といるときとはまた別の優しい空気に包まれて、不安が少しずつ取り除かれていくのがわかる。「はよ、目見えるようになるとエエね」「きっと直ぐに良くなるよ!」「…うん。」今日のことは、事件処理されて、バベルが捜査の指揮をとることになるだろう。サイコメトラーの私がこの状況だから、先生が現場に出ることになるんだろうか?ちゃり、と手首に着けていた先生のリミッターが音を立てる。側にいてほしいと言えない代わりに、リミッターが側にいてくれるような気がして、心があたたかくなる。「…それ、気になってたんだけど、手首のジャラジャラ。」「…ああ、先生が、これ着けとけって…」「ってことは賢木先生のリミッターなん?びっくりするくらい全部アクセサリーやな」紫穂重ないん?と葵ちゃんに問われて、今の今まで何の違和感もなかったことに気付く。レベル調整も済んでいないから、着けていても意味があるのかわからないもの。それでも、先生が着けてくれたもので、外すという考えはなかった。先生だってレベルは高いから、全く意味を為さないわけじゃないと思うけど、外してしまうのは勿体なくて。先生が着けてくれた、だけじゃなくて、先生が普段着けているもの。それを身に付けていられる特権を、手放してしまうのは、とても惜しい。「アクセサリーじゃなかったら、借りることができなかったから、ちょうどいいのよ。」二人から手を離して、手首に巻き付けられたリミッターを撫でる。今ここにはいない先生が私を守ってくれているようで。「愛ですなぁ、愛!」「愛ですなぁ、薫ハン!」「ちょ、ちょっとふざけないでよ二人とも!」イシシ、と悪い笑い声が聞こえてきて、慌てていると、待機室のドアが開く音が耳に届く。「…何やってるんだ?お前ら」呆れたような皆本さんの声が聞こえてきて、薫ちゃんがパッと飛び出していく。「何でもないよ、皆本!どしたの?」「…ああ、これから、葵と薫と僕の三人で、捜査に行く。」「え?賢木先生は居らんの?てっきり紫穂の代わりに着いてくるもんやと。」「賢木は紫穂の治療に専念してもらうよ。犯人も爆発物の入手ルートもほぼ特定できたから僕たちだけで充分だよ」先生は私の治療に専念、という言葉に、肩が震えた。それに気付いた葵ちゃんが、そっと私の肩を撫でる。「紫穂、多分そのうち賢木が迎えに来るから。それまでここで待ってろ」「…わかったわ」先生が、私を迎えに来る。どんな顔をして、会えばいいのかわからない。さっきだって、すごく怒っているのか、イライラしているのが、見えていないのに伝わってきた。包帯で私の顔が半分隠れてくれているのがまだ幸い。「大丈夫だよ、紫穂」「…?」「賢木はもう大丈夫。だから、安心してここで待っているといいよ」久し振りに皆本さんに頭を撫でられて、一気に膨れ上がり掛けていた不安が萎んでいく。ありがとう、と皆本さんに呟いて、笑いかけた。
ピンクグリーン・シンドローム



コメント