コンコン、と扉を叩いて返答を待つ。はいどうぞー、と中から先生の声が届いて、そろりと研究室の扉を開けた。「…し、紫穂ちゃんっ!?」机に向かっていた先生が私の方を見て、悲鳴にも近い叫び声を上げる。それも仕方ないかもしれない。先生は、あの入院騒動から、私を明らかに避けている。その避けていたハズの私が、直接先生を尋ねてきたのだから、驚いて当然だと思う。普通だったら、避けられて怒るところだろうけど、私は怒ってここに来ている訳じゃなかった。だって、皆本さんから、賢木は照れてるだけだよ、って聞いたから。「先生」「う、は、はい…」身体はこちらに向いているけれど、視線は私からそらされていて。つかつかと先生に歩み寄って、すーはーと深呼吸をする。照れて恥ずかしくて顔を合わせられないのは先生だけじゃないのよ。「せんせ、あのね…」言葉を切って、もう一度深呼吸を重ねる。先生は、恐る恐るといった様子で私に視線を移した。「…この前は、看病してくれて、ありがと」「お、おう」たったそれだけを伝えるだけで、かぁっと顔が熱くなる。元気に回復した今じゃもう、この前みたいに素直になんてなれない。でも。「先生が看病してくれて、嬉しかったの」どうしても、これだけは頑張って素直に伝えなくちゃ、と思って勇気を振り絞った。お互い照れたまま気まずい状態でいる方が、よっぽど心臓に悪い。「ホントに、ありがと」赤い頬を隠すように俯きながら、ツンツンした態度にならないように、一生懸命言葉を選んで。スカートの裾をぎゅっと掴んで、もう一度だけ深呼吸をして、思いきって先生を見つめる。「夢じゃなくて、良かった、って、思ってるのよ」「…え?」「じゃあねっ!」もう限界だ。伝えたかったことは全部伝えられた、ハズ。伝わっているかはわからないけれど、言いたいことは言い切った。くるりと身体を回転させて、先生に背中を向けてドアに向かって歩き出す。紫穂ちゃん、と先生の小さな声を背中に受けながら、歩くスピードを緩めずにドアを開ける。「…反則だろ、ソレ」先生の呟きが耳に届いたけれど、茹で蛸みたいに赤くなった顔を見られたくなくて、振り返ることもなく部屋から飛び出した。もうきっと今までのままじゃ居られない。でも、これで私の恋が進展してくれるのなら。少しくらい勇気を出して、素直になってもいいかもしれない。ふ、と唇を緩く弧にして、誰もいない廊下を駆け抜けた。
風邪を引いた日。



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