「んん…ん?」ふ、と意識が浮上して、周りの状況を把握しようと視線を動かす。鼻先まで被せられた上掛けをずるずると引き摺り下ろすと、自分が誰かに抱かれていることに気付いて。ゆっくりと視線を上げて身体の線を辿っていくと、マスクで顔は隠れているけれど、ソファの背もたれに頭を預けた、見慣れた髪型が目に留まった。「ッ!」声を上げなかった自分を誉めてあげたい。口許を押さえた手をそろりと下ろして深呼吸をする。ちょっと待って落ち着いて。なんで、どうして、夢じゃ、なかったっていうの。かぁっ、と顔がどんどん熱くなってきて、くらりと頭が揺れた。そう言えば熱出してたんだっけ。グラグラする頭を支えきれなくて、先生に凭れてしまった。「…ん?起きたのか?」ゆっくりとした動作でごそりと動いた先生が寝起きの目元で私の様子を確認するように目をパシパシさせながら覗き込んでくる。熱でダルい身体は言うことを聞いてくれなくて、この現状を変えることの何の役にも立ってくれない。「熱は少しだけ下がったな。どうだ、調子は?」マスクをしたままのくぐもった先生の声に返事をしようとすると喉の痛みで声が出せないことに気付いた。「あー、もう喉痛み出してる?後で鎮痛剤出すわ。しばらく痛いと思うがアデノの症状だから…」治るまで我慢な、と先生は目許を緩く笑みの形にした。普段は見ないその優しい表情に胸がきゅんと高鳴ったのが悔しい。先生はごそごそと身体を動かして携帯を取り出しササッと操作して電話を掛けた。「あ、もしもし、皆本?紫穂ちゃん、目ぇ覚ましたぞ」電話越しに、すぐ行く、という皆本さんの声が聞こえて、通話が終了した。ピッと携帯を操作して携帯をサイドテーブルに置いた先生が私に顔を向けて額に手を当てる。「…今のところ熱暴走はしてねぇな。一応喉見せてくれるか?」自然な動作でくいっと顎を持ち上げられて、思わずぎゅっと目を瞑る。照れを振り払うように何とか口を開けた。「あー、やっぱ喉真っ赤だわ。治るまでしばらく掛かるけどよっぽど辛かったら言って」また診るから、と微笑まれて、こくり、と頷くことしかできなくて。そのまま俯いて沈黙に耐えていると、コンコンというノックと共に皆本さんが部屋に入ってきた。「調子はどうだい?紫穂」「…のど、いたい」心配そうな皆本さんを安心させようと何とか声を出しては見たけれど、やっぱり痛くて少し喋るので精一杯。先生の腕の中で喉を押さえながら皆本さんを見上げる。皆本さんはこの状況に何も違和感を感じていないのか、ゆっくり近付いてきて額に手を当てた。「熱、はまだ高いね。ダルさはあるかい?」私の目線に膝を折って聞いてくる皆本さんに、首を縦に振って答える。辛いね、と声を掛けてくれる皆本さんに、大丈夫、と何とか笑顔を向ける。「今のところ熱暴走はしてない。まだ熱高いから油断はできねぇけど。」「一度休憩取るか?その間、僕が見てるし」「…そうして貰えると助かる。ちょっと腰が死にそうだ」先生が私を抱えたまま立ち上がってベッドへと移動する。優しくそっと負担のないようにベッドに横たわらせて、先生の身体が離れていく。離れた体温のあたたかさに、どれだけ長い間先生にくっついて眠っていたのかと恥ずかしくなった。「何かあればすぐ呼んでくれ」優しい笑顔を見せて、最後にそっと私の頭を撫でてから、先生は部屋を出ていってしまった。その後ろ姿を見送って、皆本さんに視線を移すと、どうした?と皆本さんが心配そうに覗き込んでくる。「どして、先生が…」その一言で皆本さんは全てを察したのか、私の頭を一撫でして優しく微笑んだ。「紫穂を熱暴走から守るために、賢木は身体を張ってくれたんだよ」「どういう、こと?」「熱暴走したサイコメトリーは意思に関係なく情報を透視み始めてしまうらしいから。プロテクトを掛けた賢木なら、透視もうとしても透視めないだろ?」皆本さんの説明で理解も納得もできたけれど、それにしたってあの状況は恥ずかしすぎるんじゃないかしら。先生だってよく受け入れたというか。「僕が提案したんだけどね。賢木も最初は抵抗してたんだけど、紫穂が寝ながら苦しんでるのを見たら、すぐに君を抱きかかえていたよ」私の困惑した表情を見て察したのか、皆本さんが状況を説明してくれて。大人二人が慌てて私を抱えている状況が簡単に想像できてしまって恐い。それでも、私を助けるためにあの状況を受け入れてくれた先生に、ちょっとだけ嬉しい気持ちが湧いてくる。そこまで嫌われてないのかも、と思うと、先生に恋する乙女心はきゅんと存在を主張して。赤くなった頬を隠すように上掛けに潜り込むと皆本さんがふっと微笑んで私の頭を撫でた。『賢木と上手くいくといいね…』ふわりと伝わってきた思念に、ああ、やっぱり皆本さんにはバレバレか、と感服して、あれ?と気付く。今、透視んでないのに、どうして。『賢木、大丈夫かな?一人で看病し続けるのは大変だぞ…』ぐいぐいと伝わり始める思念に、思わず眉をしかめる。これは、また、熱暴走が始まったってことなのかしら。「み、皆本さん、手、離して。透視、しちゃう…」「えっ?!まさか、また熱暴走が!?」パッと手を頭から離した皆本さんはすぐに携帯を取り出して電話を掛けている。多分、きっと、相手は先生で。夢だと思って、熱に浮かされていろいろ口から滑らせたような気がする相手に、また、抱き抱えられろっていうの?「ああ、うん。暴走し始めてる。戻れるか?」電話越しに先生のすぐ戻るという声が聞こえて、かぁっと頬が熱くなる。そんな間にも私の脳はいろんな情報を透視み取り出していて。ぐるぐる廻り続ける頭に気持ち悪さを覚えた。「は、きそう…」「紫穂!大丈夫かっ」咄嗟に皆本さんに身体を起こされて背中を擦られる。目が回ったみたいにくらくらして思わず皆本さんに身体を預けると、皆本さんの焦りや心配や不安が一気に雪崩れ込んできて余計に目眩が酷くなった。「わりぃ、遅くなった!」走ってきた様子の先生が部屋に飛び込んできて、私をすぐに抱き抱える。急にシンと静かになった脳内に、ほっと身体の力を抜いて先生に身体を預けた。「取り敢えず、暴走は止まったみてぇだな」「…ああ。済まない。あんまり休憩できてないんじゃないか?」「まぁ、そうだけど。医者は患者が苦しんでたら休憩なんて後回しさ」先生の言葉にツキリと心が痛む。嫌われてはないけれど、先生がこんなことしてくれるのは私が病人だからってことで。甘い夢を見てしまっていた自分がイタくて恥ずかしい。できるだけ先生にくっつきすぎないように身体を起こそうとしたら、ぎゅっと身体を抱き締め直されて、先生は私に衝撃が掛からないようにゆっくりとソファに座った。「遠慮なんかすんな。嫌かもしんないけど、今は大人しくしとけ。」もう一度ぎゅっと抱き締められて、仕方なく大人しく身体を預ける。顔が熱くなってくるのは熱のせいにしてしまえば、何とか誤魔化せるかしら。「ごめん、なさい…」いろんな気持ちがない交ぜになって、口から謝罪の言葉が零れると、先生はゆるりと笑いながら、優しく頭を撫でてくれる。「気にすんな。今は素直に甘えとけ」そんな風にされると、勘違いしてしまう。いつもみたいに強がって気のない言葉を返すこともできない。何とか動かない身体を動かして、上掛けの中に潜り込んで顔を隠す。『…可愛いな』じわりと伝わってきた思念に思わず上掛けから目だけを覗かせて先生を凝視する。ぱちり、と目が合って、ん?と先生が首を傾げた。「どうした?熱キツいか?解熱剤使うほどじゃねぇと思うけど。」「…なんでもない」流れ込んできた思念とは繋がらない表情で、先生は私を覗き込んでいて。『俺に抱かれてるのは、やっぱ嫌なのか?』不安な気持ちがチリチリと伝わってくる。『夢見てたのは、俺の方なのか?』全くそんな風に考えている素振りを見せない表情で、どうした、と問い掛けてきた。先生の思念に心が揺れる。熱でふわふわとした思考が、私の身体を突き動かした。「うぉっ」ぎゅっと先生の服を掴んで、額を押し付ける。「ちゃんと思念閉じて私の布団になりなさいよ」「っ!…へいへい、オヒメサマ。」『まさか、うっかり、透視まれちまってた、のか』無意識だったのか、閉じ忘れだったのかはわからないけれど、最後に伝わったきた思念は少し照れが混じっていて。照れを隠すようにぎゅう、と先生に抱き締められて、誰にも見えないようにふっと先生の胸の中で笑う。ほんのちょっぴり甘い思念に翻弄されながら、目を閉じて普段なら有り得ない先生との距離を味わって。やっぱり、好きだなぁと思いながら、意識を遠くへ手放した。
風邪を引いた日。



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