風邪を引いた日。

「遅くなった。紫穂はどうだ?」「…さっき、意識失うように寝ちまった」すぐにサイコメトリーで確認はしたが、一瞬ひやっとした。劇的な寝落ちっぷりに、本当に肝が冷えたのは俺だけの秘密だ。「で、医者の見解は?」「サイコメトリーの熱暴走が始まっちまってるから、入院がベスト。誰か付きっきりで面倒見れるなら話は別だけど…」「難しいだろうな。じゃあ入院だな。薫の時と同じ対処か?」「それだけで済んでくれるといいんだけどな…」「どういうことだ?」「…これ、俺が過去に風邪引いたときのカルテ」見てみろ、と皆本に手渡す。何年か前、俺が熱出して寝込んだ時の記録。その時に、軽い熱暴走を起こした詳細が書かれている。読み進めていくうちに、皆本の眉間にどんどん皺が寄っていく。「君、こんなことになってたのか?」「一瞬だけな。俺はずっとじゃなかった。紫穂ちゃんはレベルも高いから、力を抑えてどうこうできるのかは俺にもわかんねぇ。」「というより、知らなかったよ。君が、こんな」「まぁ、対外的には風邪引いたってだけだからな。」布団の向こう側にミシン工のオバチャンの顔まで見えちまったってだけさ。暴走したサイコメトリーは、自分の意思とは関係なく、果てしない情報を透視み取り始める。苦しそうに眉を寄せる皆本に、ふっと笑いかける。ホントにコイツは、他人のことを自分のことのように受け止めやがる。「それより今は、紫穂ちゃんのことだ。次目覚めたら、すげぇ暴走が始まるかもしれん。脳の疲労を考えるとそれは避けたい。できる対処を考えよう。」「…そうだな。紫穂の力は物理じゃ抑えられない。何とかしてやらないと」さて、と眠る紫穂を間に置いて二人して知恵を絞る。実際、何も触れずにいるなんて不可能に近い。紫穂ちゃんくらいのレベルになると、パジャマや下着のミシン工まで見えちまうかもしれない。熱で脳のコントロールが効かなくなってるからそんな状況になっちまうわけで、薫ちゃんの時みたいにECMでESPを抑え込んで、本人のコントロール技術をどうこうっていう、単純な話じゃない気がする。レベルセブンってのは計測不能、つまりは予測も不能って訳で。脳が休まらなくて休養が取れないようじゃ、治る病気も治らない。何とかして透視まなくてもいい状況を考えねぇと、紫穂ちゃんの超能力中枢が疲労でイカれちまうかもしれない。うんうん唸っていると、皆本が何か閃いたように手を叩いた。「お前が看病すればいいんだよ、賢木!」「…はぁ?俺?」「だってお前なら透視できないようにできるじゃないか」さも名案を思い付いた、というキラキラ顔で俺の肩を叩く皆本に、溜め息を吐く。「いや、流石に俺もECMガンガンに効いた中で紫穂ちゃん相手にプロテクトなんて掛けらんねぇよ」「だから、紫穂をECM下に置くんじゃなくて、リミッターで力を抑え込んで、お前がサポートしてやればいいんじゃないか?」「サポートって具体的に何するんだよ?」「お前が布団になればいい」「はぁっ?!」お互いが、何言ってるんだ?と顔に書き散らして見つめ合う。意味がわかんねぇ、俺が布団になるってどういうことだよ。皆本は皆本で、何でわからないんだ?とでも言いたげで。「皆本クン?俺が布団になるってどういうこと?俺、催眠でも掛けられちゃうの?」「いや、そうじゃなくて…お前が抱っこしてやればいいじゃないか、こうやって」皆本は腕をお姫様抱っこの形にして、俺に布団になる方法を指し示している。いや、お前、そんなん、俺、間違いなく紫穂ちゃんに殺されるわ。「…お前さぁ、何か普通に言ってるけど、紫穂ちゃんは女子高生よ?俺がそんなんしたら、捕まるじゃん」「看病なんだから問題ないだろ」「いやいやいや、っていうか、お前、チルドレン達をそんな風に看病してたのか?」「そっ、そんなことあるわけないだろ!僕だって流石にそこまでは…」「どこまでやってんだよどこまで!ったく…お前が無理なら俺なんかもっと無理なのわかるだろ?」「でも今は緊急事態だ」「それはそうなんだけどさぁ…」「ぅぅん…」「紫穂っ」「紫穂ちゃんッ」二人で押し問答している内に、紫穂ちゃんがうなされ始めて枕元に詰め寄る。「あたま…いたい…」意識はないがはっきり聞こえた言葉に慌てて頭に手を当てて力を発動させる。「マズイ…寝ながらでも透視み取ってるっぽいぞ…」「賢木!取り敢えず紫穂を抱き抱えろ!」「…ええい!後でどうなっても知らねぇぞ!」上掛けの中に手を突っ込んで、紫穂ちゃんの身体を持ち上げた。ふわりと軽い彼女の身体を俺の身体に密着させるように抱き込んで、俺自身にプロテクトを掛ける。しばらくすると、苦しげに寄せられていた眉がゆっくりと解れていって、すっと落ち着いた表情で紫穂ちゃんは再び深い眠りに落ちていった。「やっぱり、僕の考えは間違ってなかった。」「へぇへぇ…しばらく俺が布団になりますよ」うんうんと納得している皆本に、うんざりした表情を向ける。「取り敢えず抱き抱えたけど、これからどうすんだよ?」「入院手続きは僕がしてくるよ。個室に籠れば問題ないだろう」「そりゃそうだけどさ…俺も一緒に入院てこと?」「熱暴走が落ち着くまではそうなるな?」「マジかよ…頼むから後のフォロー、一緒にしてくれよ?」「わかってるよ。紫穂は多分、怒らないと思うよ」「えー…?紫穂ちゃん、俺のこと嫌いとはいかなくても、苦手って思ってるだろ?ぜってぇ怒る。目が覚めた時がこえぇ」「そんなことないよ。大丈夫さ」笑いながら言う皆本に、疑いの目を向ける。入院手続きしてくるよ、という皆本の背中を見送って、腕の中で眠る紫穂ちゃんに視線を移す。整った目鼻立ちにふわふわの髪。熱のせいか少し顔が赤い。少し開いた唇が何とも扇情的で何だか別の感情が沸いてくる。首を横に振って何とかそれを振り切って、もう一度紫穂ちゃんを見る。普段なら絶対に考えられないこの状況。皆本に甘えているところは何度か目撃しているが、それは皆本の専売特許で。俺なんか目が合う度にツンツンした態度で対応されるから、こんな風に無防備な彼女を抱き抱えて過ごすことになるなんて、天変地異でも起きるんじゃないかという心境だ。だって、そうだろ?紫穂ちゃんにとって、俺は多分目の上のたんこぶみたいな存在だから、つれない態度ばかり、なんだろ?そこまで考えて何だか寂しくなってきて、ふぅ、とひとつ溜め息を吐いた。てか、いや、待て。俺、ちょっと待て。何で寂しくなってんの?何、紫穂ちゃんのつれない態度に、寂しいなぁとか思っちゃってんの?いやいやいや、別にいいじゃん。紫穂ちゃんが俺に甘えてくるとか逆に怖いじゃん。それなのに、俺にも甘えて欲しい、とか、ちょっと意味わからない、俺の思考。思考がぐるぐるしだした所に、腕の中の存在がもそりと動く気配がして、心臓がどきりと跳ねる。すりり、と甘えるように紫穂ちゃんが俺の胸板に頬を寄せている。たったそれだけのことなのに、心臓が止まるかと思った。「しほ、ちゃん…?」ふ、とうっすら目を開いた紫穂ちゃんが、そろり、と俺を見上げてくる。ぼんやりしながらも、俺としっかり目が合って。ふんわりと花が綻ぶように、紫穂ちゃんが笑った。「せんせ…」聞いたことのない甘い声で、呼ばれる。咄嗟に返事ができなくて、ただ、幸せそうに笑う紫穂ちゃんを見つめることしかできなかった。「せんせ、って…あったかいんだね」すりすりと俺の胸板に額を寄せて、紫穂ちゃんは小さな声で呟いて。「ゆめ、だからかな…せんせ、に、あまえても、はずかしく、ないの」うふふ、と可愛らしく紫穂ちゃんは笑って、手のひらを俺の身体に這わせる。「こうして、ふれてても、はずかしくない」そろり、と撫でられて、思わず震えそうになるのを何とか堪えて、されるがままに身を任せる。「ふふ…へんな、かんじ…」にこっと笑いながら俺を見上げてくる紫穂ちゃんと、バッチリと目が合って。あまりの愛らしさにごくりと息を飲んだ。「…しほ、ちゃん」「ふふ…ゆめのなかなのに、せんせいのこえ、きこえる」すごい、とぎゅうと抱き着かれて、声を上げなかった自分を褒め称えたい。頭のなかはパンク寸前、というより、沸騰しそうだ。もう一度甘えるようにぎゅっと抱き着いてきた紫穂ちゃんを思わずぎゅっと抱き締め返す。「すきだよ…せんせ…」甘い吐息に乗せて呟かれた言葉に、俺はもうメロメロだった。なんだこの可愛い生き物は。昨日まで見てきた紫穂ちゃんからは想像ができない。しかも、好き、だなんて。そんなの、微塵も感じさせなかった癖に。「紫穂ちゃん、夢じゃねぇよ」思わず、しっかりとした声色で、紫穂ちゃんに語り掛けていた。「紫穂ちゃん」もう一度、紫穂ちゃんの身体をぎゅうと抱き締める。夢じゃないとわかってしまえば、彼女はいつも通りの彼女に戻ってしまうんだろうか。もう少し、俺にも甘い夢を見させて。それから、さっきの告白について問い詰めたい。「なぁ、紫穂ちゃん」「……」「さっきの話、ホント?」「…………スー……スー……」「…………嘘だろ?」ここにきてまた寝落ちか!と頭を抱えようとして、紫穂ちゃんを抱えてることを思い出す。仕返しのようにぎゅうと紫穂ちゃんを抱き締めて、はぁ、と溜め息を吐いた。何というもどかしい状況。問い詰めたい気持ちでいっぱいなのに、超不完全燃焼。仕方ない、仕方ないのはわかってる。だって相手は病人だ。高熱出して臥せってる。そんな相手に、翻弄されてる俺がどう考えてもおかしい。はぁ、ともう一度深い溜め息を吐いて、天を仰いだ。「…何してるんだ?賢木」「いやー、とんでもないもん見ちまってな…」診察室に戻ってきた皆本が、訝しげな顔で俺を見ている。そんな皆本に、何でもないよと誤魔化しながら、二人で連れ立って紫穂ちゃんの病室へと移動した。

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