決戦は木曜日。

美味しそうにパンケーキを食べる紫穂ちゃんをしっかり堪能させてもらって、紫穂ちゃんが化粧室に行っている間に会計を済ませる。時間的にも、ここらへんが限界。紫穂ちゃんを送り届けなきゃいけねぇし、これ以上、一緒にいる時間を引き延ばすネタがない。「おまたせ」「…じゃあ、行こっか」ああ、デートが終わってしまう。俺ばかり舞い上がって、空回りしていたような気がしてならない。マジで落とし神の名が泣くぜ。いや、俺は今までここまでの大本命に出会ったことがなかったんだ。大本命相手には、男なんて皆こんなもんなのかもしれない。カフェを出て歩き出そうとすると、少し膨れ面の紫穂ちゃんが立ち止まってこちらを見ている。ここにきて機嫌を損ねるようなことをしちまったか、と焦るが、店を出たばかりで身に覚えがなく困惑していると、紫穂ちゃんが、ん、と手を差し出した。「…?」「…エスコートしてくれるんじゃなかったの?」プイッとそっぽを向いた紫穂ちゃんの頬は、少しだけ赤く染まっていて。差し出された手を、まるで壊れ物を扱うようにそっと捕まえる。華奢な指先に愛しさを感じながら、味わうように指を絡めた。「…そうだったな」食事もしない、酒も飲まない、キスもしない、セックスもしない、そんなデートが成立するなんて、多分、前の俺じゃ想像もつかなかった。それが、手を繋ぐだけで、こんなにもあったかくなれて、切なくて、甘い気分に浸れるなんて。きっと、繋いだ手から、俺の溢れてしまって仕方がない気持ちは、紫穂ちゃんに伝わっちまってるだろう。ただ、二人でこうして歩いているだけで、充足感に満たされるなんて。こんな、恋を、俺は、知らない。車で紫穂ちゃんのご実家へ移動する。二人とも、移動中は終始無言だったけど、切なくて、でも、何だか甘くて。この時がずっと続いてほしいと、やっぱり心から願ってしまう。「今日はありがとう。楽しかったわ」車から降りようと、ドアに手を掛けた紫穂ちゃんが、後ろ姿のままで言った。その後ろ姿に手を延ばすこともできないで、ハンドルを握り締める。「…また、行こうぜ」やっとの思いで吐き出した、次へと繋げる言葉に、紫穂ちゃんはこちらへ振り向いて、柔らかい笑顔を見せた。「…またの機会があればね」昼間と同じセリフに、胸が高鳴る。「ああ、また、誘うよ」次の誘いを許してもらったと確信して、紫穂ちゃんに向けて、甘い声で囁く。くすぐったそうに、でも満足そうな笑顔を浮かべた紫穂ちゃんは、じゃあまた明日ね、とドアを開けて車から出ていった。それに向かって、俺もじゃあな、と手を振る。紫穂ちゃんは門の前に立って、こちらに向かって小さく手を降ってから、家の中へと入っていった。また明日会えるのに。もう会いたい。今日紫穂ちゃんと繋いだ手のひらを見つめて、ぎゅっと握り締めてから、車を発進させた。明日から、もう、普通になんて戻れない。「俺とデートしてよ、紫穂ちゃん」いつものように紫穂ちゃんを訪ねて、いつものように紫穂ちゃんに声を掛ける。いつもと違うのは、紫穂ちゃんの口が緩く弧を描いていること。どうか、ああ、どうか。次の機会が、すぐに訪れますように。

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