賑やかな街の真ん中にあるファッションビル。その最上階が今日の目的地、映画館だ。映画館デートだなんて、ベタかもしれないけど、ベタなデートでも紫穂ちゃんとならきっと楽しい。駐車場は平日なのもあってかすぐに入庫することができた。紫穂ちゃんをエスコートして、最上階へ向かうエスカレーターへ。ごく自然に二人で歩いていることすらも嬉しくて、足取りはとにかく軽い。会話がなくても居心地が悪くなくて、二人で並んでいても違和感がない。映画館に着いて、二人で上映作品のリストを見る。「紫穂ちゃんの好きそうなこわい系もやってるけど、それにする?」「せっかくなんだから、ラブストーリーでも観る?」「えっ?!」「だって、デートなんでしょう?」紫穂ちゃんの口から、デートという言葉が飛び出すのも驚きだが、ここで敢えてラブストーリーをチョイスすることにビックリだ。「え、マジでいいの?紫穂ちゃんの好きなヤツ見てくれていいんだぜ?」変に気を遣わせているのなら、申し訳ないし、紫穂ちゃんの好きなものを観て楽しんでもらいたい。「…変なの」「え」「だって、先生がデートに誘ってくれたんでしょ?」ちょっと頬を膨らませて、少しだけ拗ねたような表情を見せる紫穂ちゃん。ああ、ああ、本当になんて可愛いんだ。「ああ、俺が、紫穂ちゃんをデートに誘った」「なら、デートらしく、ラブストーリーでも観ましょ」惚けている俺をほったらかしにして、スタスタとチケットカウンターへと向かう紫穂ちゃんを慌てて追い掛ける。チケット代を出す出さないでひと悶着しつつも、何とかチケットを購入して開場を待つ。チョイスしたのは、邦画のラブロマンス。よく見知った俳優と女優が主演の、ラブストーリー。隣り合わせのシートに座って、上演時間までの時間、トイレに行ったり何だかんだしたりで、すぐに予告が流れる頃合いになった。ジワジワと暗くなっていく空間に、ちょっとドキドキして、紫穂ちゃんが座っている隣をちらりと見やると、滅多にない近い距離にいることに気付いてしまって、ちょっとのドキドキが緊張ですっげぇドキドキに変わっていく。普段、こんなに隣り合って座ったりすることがないからか、隣から、車では感じなかった紫穂ちゃんのいいにおいまで漂ってくる気がして、ドキドキでマジ心臓がうるさい。香水かなんか、使ってんのかな、と頭の中で各種ブランドのコロンの香りを思い出してみても、該当する香りが思い付かない。つまり、これは、紫穂ちゃん自身の、あまい、かおり。そんな中で静かに映画が始まっていった。映画のストーリーは、恋人になったばかりの二人がすれ違いながらも愛を確かめ合っていく、というもの、らしい。らしい、というのは、事前に得られる情報を透視たり、聞いたりをたまたましていたからで、今は殆ど映画に集中できていないからだ。多少、心臓は大人しくなったものの、平常時とは比べ物にならない心拍数を弾き出しているのは事実で。こんな状況で映画に集中できる男がいたなら、是非そいつのもとで修行させてもらいたい。ちょっと盗み見るつもりで、隣の紫穂ちゃんに目をやると、そこには天使、いや女神が座っていた。暗闇の中でうすぼんやりと浮かび上がる白い肌。それを柔らかく包むように纏われた淡い色の髪。小さくて愛でたくなるような造形の鼻が、触ると蕩けてしまいそうな頬に影を作り、これまた柔らかそうな唇は、今にも咲き乱れそうな蕾のようだ。自分でも気持ち悪いと思うような、頭に浮かんだポエムの数々に若干引く。でも、どう見たってこりゃ天使、いや、女神かなんかの生まれ変わりなんじゃねぇかと思えるくらいに美しくて。や、もう、俺、どうしたらいいの。そんなこんなで、チラッと見るつもりが多分じっと見つめてしまっていたからだろう、紫穂ちゃんがスッと横から手を差し出した。いつもの癖で、俺はそれを自然に掴んでしまう。(どした?)(…なに?)(え?)(だから、なによ?)(ん?)(だから!さっきからじっと見てきてなんなのよ?!)(っあー…ああ、いや、綺麗だなと思って)(………………バカじゃないの)やや間を置いて、いつものように冷たく返される。でも、繋いでいた手にきゅっと小さく力を込めた紫穂ちゃんに、何となく男の勘みたいなものが働いて、甘えるようにこちらもきゅっと握り返す。いつもならすぐに離れてしまう手。今日はどうしても離れがたくて、繋いだままでいた。そっと俺の手に乗せらせているだけだった紫穂ちゃんの手が、もう一度きゅっと俺の手を握る。ああ、切ない。この恋は、なんて切ないんだろう。紫穂ちゃんが手を離さないのをいいことに、手を繋いだまま、映画が流れていく時間を過ごす。映画はクライマックス、愛を確かめあった二人が固く抱き合うシーンで。いくらプロテクトを掛けたって、きっと、この切ない胸の高鳴りはレベルセブンの彼女には隠せない。映画のストーリーに感動したんだっていう誤魔化しに、彼女は騙されてくれるだろうか。始まりと同じように、静かに映画が終わった。ストーリーに合わせた優しく甘いバラードが、エンドロールと共に流れ始める。他の観客がチラホラと立ち上がり、劇場を去っていくなか、席を立つことで離れてしまうことが惜しくて、エンドロールまでしっかり観ているふりをして。劇場の照明が徐々に明るくなっても、なかなか立ち上がることができなかった。「…いい、映画だったな」ホントは殆ど映画の内容なんて頭に残ってないくせに、まるで映画に観入っていましたという体を装って、紫穂ちゃんに笑い掛ける。紫穂ちゃんは、立ち上がってスカートの裾を直しながら、柔らかい笑顔で返す。「…まぁまぁ、だったわね」ゆっくりとした動作で、繋いだままの手を引っ張って、俺が立ち上がるのを促す。繋いだままでいてくれることが嬉しくて、胸がきゅうんと締め付けられる。「…行こっか」やっとの思いで笑顔を浮かべて、少し掠れた声で紫穂ちゃんに声を掛ける。俺たちは今周りから見てどう見えるんだろうか。まるで恋人同士に見えている?君を家に返すまでの間はこの空気に酔っていてもいいか?問いを口に出したら、今日の出来事が人魚姫の泡みたく幻みたいに消えてしまいそうで。俺としたことが気の効いた一言も言えないまま、紫穂ちゃんと映画館を出た。映画館のフロアに隣接されていたカフェが目に入って、少しでも一緒に居たい気持ちが勝って紫穂ちゃんをカフェへと誘う。「…お茶でもして帰らねぇ?」下手なナンパみたいな誘い方しかできない自分にげんなりしつつも、紫穂ちゃんがどうか誘いにのってくれますようにと心の中で祈る。「あのパンケーキが食べたいわ」紫穂ちゃんが少女のようなキラキラとした目をしてカフェに貼られたポスターを指差す。普段とのギャップにヤられてクラクラして倒れそうだ。なんて可愛いんだ、本当に!「いいぜ、好きなの食べなよ」俺の手を引っ張って、はやくはやくと店に入ろうとする紫穂ちゃんに付いていく。映画終わりだからか店は多少混んでいたが、すぐに二人用のテーブルに案内された。紫穂ちゃんが、すっと俺の手から離れて椅子に座る。ごく自然と離れてしまった体温に、あっ、と声を上げそうになって、思わず息を飲んだ。紫穂ちゃんが、何してるの?という顔でこちらを見ていて、何もないよと俺も席に着いた。
決戦は木曜日。



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